午前3時の氷が溶ける音を聞く。
スコッチはまだ半分、
愛も夢も、冷蔵庫の中で凍りついている。電話は鳴らない。
それが今の俺の、もっとも贅沢な報酬だ。
タバコの煙が天井のシミに吸い込まれる。
昨日の借り、明日の約束。
そんなものは、この街の雨がすべて洗い流していった。鏡に映った男は、
少し疲れているが...
午前3時の氷が溶ける音を聞く。
スコッチはまだ半分、
愛も夢も、冷蔵庫の中で凍りついている。電話は鳴らない。
それが今の俺の、もっとも贅沢な報酬だ。
タバコの煙が天井のシミに吸い込まれる。
昨日の借り、明日の約束。
そんなものは、この街の雨がすべて洗い流していった。鏡に映った男は、
少し疲れているが...
父が、小さくなった。
それは物理的な寸法の問題ではなく、
魂の在庫が、底をつきかけているのだ。「めしは、まだか」
一日に十度も繰り返されるその問いに、
僕はそのたび、はじめて聞くような顔をして、
「さっき食べたばかりじゃないか」と、
おどけた絶望を演じてみせる。かつて、この男は僕にとっての峻厳な山で...
また一日、生き延びてしまった。
父は、ベッドという名の箱舟で、
遠い、誰も知らない国へ向かっているらしい。昼下がり、父の褥(しとね)を替えながら、
ふと、私の中の「悪い心」が鎌首をもたげる。
(いっそ、このまま、ひらりと)
いや、そんなことは、できない。
私は、この世で最も滑稽な、真面目な子供なのだ...
お母さん、あなたはもう、私を「誰かさん」と呼ぶことさえ忘れてしまいましたね。
認知症などという、ハイカラでいて残酷な名前の付いた霧が、あなたの頭の中に立ち込めて、
そこにはもう、私の幼い頃の記憶も、父の不器用な笑顔も、一欠片も残ってはいないのでした。癌という奴は、あなたの体を少しずつ、丁寧に、まるで...
母は、笑っていた。
私が誰かも分からぬまま、ただ、真っ白な虚空を指さして、
「きれいね」と、言った。
その顔は、私が幼い頃に見た、陽だまりのような優しい顔だった。
皮肉なものだ。
私のすべてを知っていたはずのその頭脳が、
私を殺した記憶から、静かに、優雅に、逃亡している。夜になれば、母の身体の中で、...