季節のすぎてしまった温泉地の
古びた宿の だれもゐない廊下
夜の闇は おどろくほどに深く
私の足音だけが ひそやかに消えてゆく昼のざわめきは もうどこにもない
古びた障子の隙間から
あのかすかな硫黄の匂ひと
冷たい夜気(やき)が そつと忍び込んでくる窓の外には ただ一箇(ひとつ)の夕月と
またたくこ...
ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。
季節のすぎてしまった温泉地の
古びた宿の だれもゐない廊下
夜の闇は おどろくほどに深く
私の足音だけが ひそやかに消えてゆく昼のざわめきは もうどこにもない
古びた障子の隙間から
あのかすかな硫黄の匂ひと
冷たい夜気(やき)が そつと忍び込んでくる窓の外には ただ一箇(ひとつ)の夕月と
またたくこ...
大勢の人びとのざわめきのなかで
私はただ 夕月と微かな星を仰いでゐた
それで十分だつたのだ
私の孤独は これほどに静かに透きとほり風が運ぶ かすかな硫黄の匂ひは
山の呼吸のやうに 私を包む
だれも私の沈黙には気づかない
それでよかつた 私は私のままでゐられた夜のはじまりの つめたい空気のなか
星のま...
かげろふのようになめらかな峰のあいだに
夕月は白く 寂しい光をこぼしてゐる
おまえはなぜ そんなに静かなのか
風にちぎれた雲の片端(かたはら)を追ふやうにむかしの夢が そこらの草に宿り
木立のかげに 青い影がのびてゆく
私はひとり 冷たい石に腰を下ろし
遠い海原(うなばら)の気配を胸にきくおゝ たそ...
庭の白樺の葉が、夕暮れの風に小さく震えている。
冷めきったサモワールから、静かに最後の一滴が落ちた。
あの人はもう、二度とこの退屈な町には戻らない。
ただそれだけのことが、奇妙なほど腑に落ちていく。誰も弾かなくなった古いピアノの蓋に、
薄く、白い埃が積もっていく。
窓の外では、終わりのない秋の雨が
...
凍てつく夜の底、ペチカの火はとうに消え失せた。
窓硝子を叩くのは、シベリアからの容赦なき吹雪。
ウォッカの乾いた苦みだけが、喉を焼き、生を証明する。
お前は去った。神もまた、この街を見捨てた。足元に広がるのは、どこまでも深い雪原。
追う者も、追われる者も、やがて白い闇に等しく埋もれる。
古いピアノの...