皐月の港、あるいは追憶の灯
- カテゴリ: 小説/詩
- 2026/05/10 01:42:40
五月の風は 塩の香りをはこんで
坂道をのぼり この静かな丘にたどりつく
白い十字架のむこう ひろがる港には
名も知らぬ船たちが わかれの汽笛をひびかせ
空の青に かすかな亀裂をのこしていくわたしは 錆びた鉄柵に手をかけ
遠い異国の名が刻まれた 石の肌をみつめる
かつてここで 誰かが抱いた郷愁(ノスタ...
五月の風は 塩の香りをはこんで
坂道をのぼり この静かな丘にたどりつく
白い十字架のむこう ひろがる港には
名も知らぬ船たちが わかれの汽笛をひびかせ
空の青に かすかな亀裂をのこしていくわたしは 錆びた鉄柵に手をかけ
遠い異国の名が刻まれた 石の肌をみつめる
かつてここで 誰かが抱いた郷愁(ノスタ...
五月の陽ざしは あまりに明るすぎて
窓枠に切りとられた わたしの部屋を
透きとおる 静かな水底のように沈ませる
風はときおり カーテンの裾を翻し
どこかへ わたしを連れ去ろうと誘うけれど……ああ あなたはもう この風のなかにいない
あのひ 雲雀(ひばり)の歌を聞きながら
...
風のなかに だれもいない客車をひいて
銀のレエルは 光のなかへ 消えてゆく
青いあざみの花が 窓をのぞき
ひび割れた椅子に ひるねの影をおとす汽笛を鳴らしておくれ なつかしい声で
あの遠い 音楽のような 村のために
けれど 石炭の熱(いき)は やさしくさめて
機関車は ただ草原の波を わけてゆくどこ...
萌黄色の波が 丘から丘へと あふれだし
わかくさの香りは 風の指先に ふるえている
陽炎のむこう 桃色の霞(かすみ)が たなびけば
汽車は 光の絵具で 縁どられた まぼろしのよう耳をすましておくれ あの遠い 鳥の声を
それは 見えない空の どこか高い場所で
だれもいない客車のために 歌われる 午後の...
野原のすみで 光の糸が もつれあえば
春の陽炎(はるひがえり)は ゆらゆらと 立ちのぼる
そこに だれもいないはずの 汽車がいて
銀色の吐息を 空に ほどいてゆく見つめれば 風景は 淡い水彩のよう
鉄の重みも わすれられた 古い切符も
みな 陽光(ひかり)のなかに 透きとおって
どこまでが 夢なのか...