渚の追伸(回想篇)
- カテゴリ:日記
- 2026/08/26 10:24:55
東方の世界が薄紫のインクに染まる頃、空には刃のように研ぎ澄まされた三日月が架かる。それはまるで、過ぎ去った時間と今とを静かに切り離す境界線のようだった。
凍てつく風が、誰もいない砂丘を容赦なく吹き抜けていく。波頭はただ白く、冷ややかに砕けては消え、まるで世界そのものが僕を拒絶しているかのように冷徹だ。僕は外套の襟を立て、ただ独り、足元に広がる冷たい砂の感触に耐えていた。
——かつて、この渚にはまったく違う風が吹いていた。あの日、僕の隣にはお前がいた。夏の終わりの柔らかな夕陽を浴びながら、お前は無邪気に砂浜を駆け、波打ち際で「見て、星の欠片みたい」と、濡れた貝殻を拾い上げては僕に見せてくれた。お前の瞳には、あの清冽な東方の空の青さがそのまま映り込んでいて、世界はどこまでも明るく、永遠に続くものだと信じて疑わなかった。お前のあたたかな手のひらの温度が、今も僕の記憶の底に、消えない火を灯し続けている。
ふいに現実の寒波が僕を現世へと引き戻す。見上げれば、一羽の鴎が低く海を渡っていく。その白い翼は潮に濡れ、重く、ひどく疲れて見えた。夜の暗闇に呑まれ、散らばった星の欠片さえも見失ってしまった迷い鳥。お前もまた、僕と同じように還るべき場所をなくしたのだろうか。砂に埋もれたきらめきは、あの日に交わした、もう二度と叶うことのない約束の残骸だ。
やがて鴎は、遠い闇の底へと消えていく。最後に一度だけ、引きちぎられたような鋭い声で鳴いて。その声は、僕が胸の奥に閉じ込めていた寂寞のすべてを代弁しているようだった。もう二度と届かない、あの清冽な東方の光。僕はただ、失われた眩しさを悼むように、夜が満ちていく渚にいつまでも立ち尽くしていた。




























