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言葉の荒野


言葉は、恐ろしい刃(やいば)です_
人間の言葉は、すべて「まがい物」の宿命を背負っています。
では、世界にはただ沈黙だけが正しいのか。私たちが口を開くことは、すべて罪悪に過ぎないのか。私は、暗い部屋の天井を凝視しながら、幾晩もそのことを考え続けました。
しかし、こうは考えられないでしょうか。
「本当の言葉」そのものを語ることはできなくとも、「私は本当の言葉を語れていない」という、その痛切な恥の意識、それだけは「本当」であると。
自分の吐き出す言葉の嘘っぽさに身悶えし、欺瞞を嫌悪し、それでもなお、何か真実なるものに触れたいと願って、のたうち回る。その苦悩のグラデーション、その血の滲むような足掻(あがき)のなかにしか、人間の誠実さは存在しないのではないでしょうか。完璧な「本当」を差し出すことはできなくても、せめて「嘘をつくまい」と、自らの言葉をギリギリまで削ぎ落とし、血を流しながら絞り出す。それこそが、似非芸術家には絶対に真似のできない、孤独な人間の「本当の生き様」なのだと私は信じたいのです。
私たちは、言葉の無力さに絶望しながらも、やはり言葉によってしか、誰かと繋がることができません。




言葉を律しようと、私は身構えた。
それは、生き様を正そうとする、命がけの試みであった。
世間には、欲望に塗れた似非芸術家たちが溢れている。
彼らは偽善の仮面をかぶり、安全な高みから、上から目線で説教をする。
ああ、嫌だ、嫌だ。その醜さに、私は激しい吐き気を覚える。
では、本当の言葉とは、どこにあるのだろう。
人間に、本当の言葉など語れるはずもないのだ。
口を開けば、すべては嘘のまがい物へと成り下がる。
本当か、嘘か。
そんな退屈な正義の天秤は、もう井戸の底へ投げ捨ててしまおう。
真実など、どうでもいい。
後はただ、好み次第。
好きか、嫌いか、それとも中立か。
理屈をすべて削ぎ落としたあとに、
ただ、私の真っ直ぐな直感だけが残る。
好きも、嫌いも、もう語るまい。
話せばきりがない
私はただ、口を閉ざし、
自分だけの羅針盤を胸に、静かに言葉の荒野へ

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