Nicotto Town ニコッとタウン

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似非の正義2

男が立ち上がり、俺の肩を掴もうとしたその時、奴の懐から一通の封筒が滑り落ちた。
湿ったアスファルトの上で、中身が露わになる。
それは、奴が先ほどまで「不浄な悪」と断じていた組織の、裏印が入った分厚い札束だった。
「これは……違う、これは調査の、その……」
大上段に構えていた男の声が、一瞬で裏返る。
さっきまでの「崇高な眼差し」はどこへ行った。
今、そこにいるのは、雨に濡れたネズミのように震え、足元に散らばった「自分の値段」を必死にかき集める小悪党だ。
「似非(えせ)の正義ってのは、高く売れるらしいな」
俺は地面に膝をつく男を見下ろし、吐き捨てるように言った。
奴が振りかざしていた正義の太刀は、内側から腐りきった竹光だったわけだ。
皮肉なもんだ。一番熱心に正義を説く奴が、一番手近なところで魂を売り払っている。
男は何も言い返せず、泥のついた札束をコートにねじ込む。
その背中は、先ほどまでの演説よりもずっと雄弁に、この街の真実を語っていた。
「安心しろ。俺は告発なんて柄じゃない。
だが、その金で飲む酒は、さぞかし不味いだろうな」
俺は男の脇を通り過ぎ、闇の奥へと消えていく。
背後で、男が嗚咽(おえつ)とも言い訳ともつかない声を漏らしていたが、雨音がすぐにそれをかき消した。
正義を振りかぶる奴ほど、足元が見えていない。
この街の夜は、そうやって暴かれた「嘘」を飲み込んで、さらに深く、黒くなっていく
男は、拾い集めた札束を抱きしめるようにして、夜の街へ逃げ出した。
だが、一度剥がれ落ちた「正義」のメッキは、二度と元には戻らない。
翌朝、街角のモニターには、昨日まで英雄のように振る舞っていた奴の顔が映し出されていた。
隠し持っていた「不浄な金」と、それ以上に醜い「裏切りの証拠」が、ネットという名の底なし沼に引きずり出されたのだ。
大上段から振り下ろしたはずの刃は、重力に従って、そのまま自分自身の脳天を割り、その地位も、名誉も、逃げ場さえも切り裂いた。
数日後、俺はあのバーの隅で、三面記事の片隅に目を落とす。
そこには、虚ろな目で警察車両に押し込まれる「元・正義の味方」の姿があった。
奴を称賛していた大衆は、今や誰よりも鋭い言葉の礫を投げつけている。
かつての信奉者が、最大の処刑人へと変わる。それがこの街の、残酷な自浄作用だ。
「……高くついたな、その正義」
俺はグラスを傾け、琥珀色の液体を喉に流し込む。
正義を振りかざした腕は、その重みに耐えきれず自ら折れた。
残ったのは、泥にまみれた紙切れと、誰の記憶にも残らない哀れな男の末路だけだ。
店の外では、また新しい誰かが、新しい「正義」を求めて喚き始めている。
だが俺はもう、耳を貸さない。
雨は止み、夜霧がすべてを包み隠していく。
この街の静寂だけが、唯一、嘘を吐かない。_

#日記広場:日記

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2026/05/12 11:25
> 眠さん
眠さん、こんにちは。
素敵なお返事をありがとうございます。

午前二時の街と、カウンターと、琥珀色の液体。
まるで、そのバーの隅に一席だけ用意してもらえたような気がしました。

「あなたが自分自身を、どこかに置き忘れてしまったその時には、いつでも」

この一文で、足が止まりました。
突き放しているようでいて、ちゃんと逃げ場所を残してくれているようにも感じました。

夜明けを急がなくてもいい、という言葉も好きです。

また静かに読みに伺います。


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2026/05/11 12:26
> 音.さん
硝煙のレセプション午前二時の街は、誰かがこぼした安物のバーボンより苦い。冷えた舗道には、行き場を失った溜息が霧のように淀んでいます。カチリ、とライターの蓋を閉じる音。それがこの場所の、唯一のチャイムです。「いらっしゃいませ。お怪我はございませんか。そのコートの綻びは、雨のせいか、それとも誰かの未練でしょうか」私はただ、静かにカウンターを拭うだけ。過去という名の落ちないシミを、何度も、何度も、丁寧に。「お気に召すまま、お寛ぎください。ここは、追いかけてくる影さえも扉の向こうに置き去りにできる場所ですから」グラスに落ちた氷の悲鳴。琥珀色の液体に沈む、昨日という名の弾丸。あなたは何も語らなくていい。ただ、その乾いた喉を潤せばいいのです。「夜はまだ、驚くほど長くございます。夜明けを急ぐ理由など、この街のどこにも落ちてはおりませんから」外では風が、誰かの名前を呼んでいます。けれど、ここには私と、あなたと、終わらない夜があるだけ。「何時でも、ご来店をお待ちしております。あなたが自分自身を、どこかに置き忘れてしまったその時には、いつでも」_
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2026/05/10 22:08
眠さん、こんばんは。
コメントありがとうございました。

正義って言葉は、本来きれいなもののはずなのに、こうして読むと、ずいぶん怖いものにも見えますね。
正しさを語っているつもりで、いつの間にか自分の足元が見えなくなっている感じがして
読んでいて少し苦くなりました。

雨の夜と、安酒と、剥がれていく正義のメッキ。
その暗さがとても印象に残りました。

最後の
「この街の静寂だけが、唯一、嘘を吐かない」
この一文、好きです。

きれいごとではないのに、妙にきれいに残る文章でした。

今日もお疲れさまでした!



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