Nicotto Town


ストーリーテーラーの集まる小さなカフェ

違反行為を見つけたら?
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投稿者:Litsu☆

「風がきついね。」
「…そうですね。」
「どっか、店にでも入ろうか?温かい紅茶でも?」
「…いえ、…いいです。」
「雨、来るかな?分厚い雲が出てきてるよ。」
「…そうですか。」
「傘、持ってきてる?」
「…折りたたみならあります。」
「…。」
「…。」

付き合い始めて日が浅いのは仕方ない。わかる。しかし、この雰囲気はまずい。
でも、このまま空回りの会話が続くのもさらに痛い。なので率直に尋ねてみた。

「ねえ君、今日はどうしたのさ、浮かない顔してるように見えるよ?
 なにか心配事があるなら聞かせてよ。力になれることがあれば何でも…」

「いいです、どうか気にしないで下さい…」

「いや、だって、君がそんなだったら、僕も気になるじゃないか。
 よかったら、聞かせてよ。きっと気持ちが楽になるよ?」

「…そう?ですか?」

「そうだよ。遠慮しないで。」

少しの間、彼女はよこに視線を落とし考えていたが、そののち

「…やっぱり…無理です。」

「大丈夫。ちゃんと聞くからさ。話してみて。」

さらに彼女は俯きながら沈黙を続けたが、しばらくして決心したように口を開いた。

「じゃあ、私の夢のお話しをしてもいいですか?」 

「え?…うん。」

「…夢の中で…私は、ずっと、歩いてるんです……考えながら。」



いつからだろう?私がこの闇深い森を彷徨ってたのは?
尖った枯れ枝はいやだったけど、なにより足元だ。
ぬかるみが多かった。 泥のような柔らかな地面だった。
ずっと、ずっと、「歩かなきゃ…」と思ってきた。
歩かずにとどまると、地面に足がめり込んでいくからだ。
そのまま固まってしまえばもう二度と動けなくなる。
進もうとすればするほどに、何もかもが邪魔をした。
とにかく、
「…歩かなきゃ…歩かなきゃ…」
やがて、暗い平原に出ると、少し足元が楽になった。
やっと森をぬけたのかと思うと、その先に井戸が見えた。
それほど大きくない円形の古い石積みの井戸だ。
(いつ頃からの物だろう?)
近づいてぐるりを一周してみた。これはきっと年代物だ。
淵の石垣の表面は随分苔がむして冷たくしけっている。
慎重に手をそえて、恐る恐る覗いてみた。中を…。
何メートルか下に水面が見える。
(高さはどのくらいあるんだろう?)
こちらの風景を反射して、鏡面の光沢を放っている。
そこにはモノトーンの背景に混ざって自分の影が見えた。
よく見ると、その影は今の私じゃなかった…過去だ。
過去の私を今の自分が見つめている。
さらにもっと覗き込んでみる。深く、深く、
…目を凝らして見る。「居たッ」いろんな表情の私。
同じ顔なのに、同じ私じゃない。
この私は絶対自分とは認めたくない方の「私」。
いっそ、井戸の中に飛び込んでしまいたい衝動が起きた。
そしたら過去の私とすり替われるかも知れない。
(全部知ってる。全部覚えてる。全部私のせいだ。)
…きっとこれを「後悔」と言うんだろう。

私は一生懸命歩いて来たのに…。 来る日も来る日も
毎日毎日、信じて一生懸命歩いて、ここまで来たのに!

今覗き込んでいる自分の姿を、もっと上から眺めてる
悲しい表情をした私… なんてのも居るんだろうか?
その私は、いったいどんな気持ちなんだろう?
いったいどんなつもりでこの井戸を掘ったんだろう?
私は井戸から頭を上げ、両手で顔を覆い、天を仰いだ。

『そんなの…わかるわけない。』




「…そこで、いつも夢が終わるんです。」

「…」

「あなたと付き合い始めてから、何度もこの夢を見るんです。」

「……あ、…あの…さ、訊くけど…後悔してるの?」

「はい。…後悔してます…。でも、あなたのことは後悔していません…。」

「そっか…」

「はい…」

「折りたたみ傘、持ってたんだよね?」

「…はい。」

…上から大粒の雨が落ちてきた。
この雨はそうそう止みそうになかった。







管理人
ケニー
副管理人
-
参加
受付中
(今すぐ参加可能)
公開
全公開
カフェの利用
朝10時~夜24時
カテゴリ
自作小説
メンバー数
16人/最大100人
設立日
2024年02月18日

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