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ヨセミテの森

投稿者:ケニー

私は森である。
比喩的な表現ではなく、”現実に”私は森なのである。

遠い昔、正確には、2156年7月8日午前11時27分に私は人造人間としてこの世に誕生した。
その前年、2155年の10月20日に人造人間の第一号がアメリカのシリコンバレー、スタンフォード大学で発表された。
それから、翌年に誕生した第三号の人造人間が私である。
第一号と、第二号も、それから、その後の、第四号〜第十号も、人造人間として、十分な性能を持っていたが、しかし、それは永続的なものではなく、やはり、第一号は、それから2年後に故障、廃棄、第二号は、15年後に故障、廃棄となっている。

その後、人造人間は、より一般化し、大衆へと広まって、量産され、あるいは、通常の人間も人造人間の手術を受けて寿命を延ばすことが一般化したが、しかし、それら全ての人造人間たちは、長くても150年程度で、故障するのが通常で、私のように長く生きたものは、誰もいなかった。


では、なぜ、私、第三号が現在の4096年まで生きているのか、疑問をお持ちだろう。
それは、私だけが、唯一、有機的な人造人間であったからに他ならない。

私は、有機物のみで組み合わされた異端の人造人間として実験的に開発されたものであった。
それは、第三号の私の開発者だけが、他の人造人間たちの開発者と違かったのだ。
ロマン・ベルバリュー博士が私の開発者であり、彼の考えは、他の開発者や、科学者たちと全く違う思想を持っていた。
ロマン博士は、従来の(あるいは、結果的にその後の)人造人間の開発者や世間の見解とは違い、有機物こそが永続的で、より自然なサイクルを得られると考え、自然との繋がりを最優先させた、一切の人工物を排除した、人造人間を作った。
つまり、有機物のみで、それを可能にしたのだ。
それが私である。

しかし、第三号の私は、1ヶ月後には、目から複数の芽が出て、すぐに成長し、それは植物となった。
そして、下半身には根っこが浮き出して、科学者や世間からは、奇形な失敗作とされてしまった。
そしてやはり、科学者や世間、政府は、人工的な人造人間に完全にシフトし、有機的人造人間の可能性を閉ざしてしまった。
しかし、それでもロマン博士は有機物を使用し、自然との融合を目指すべきだという考えを曲げなかった。

当然、ロマン博士は研究室を追い出され、晩年は一人で第三号、つまり、私と二人でカルフォルニア州の田舎町のマリポサからさらに離れたヨセミテ峡谷の近くの山小屋で細々と暮らしたが、しかし、博士は、亡くなるまで決して有機的人造人間の可能性を捨てずに研究を続けた。
彼は、人間社会は太古の自然に戻り、共存するべきだ。と現代の科学も社会も否定し続けた。
彼は世間から忘れら去られ、孤独であったが、しかし、それでも真実を追求して、そのまま亡くなった。
私の唯一の友人であり、尊敬する父である。

その後、世界は、大規模な核戦争と、戦後間も無く起きた地球温暖化の蓄積による極端な気候変動によって、大きく様変わりした。
人間は滅び、大型の哺乳類もほとんどが滅びて、地球は再生の時期を迎えた。

その中で、私はヨセミテ峡谷のその山小屋で、少しづつ、山小屋と同化していた。
その同化は、苔が生していくように自分では止めることのできないことであり、しかし、私にとっては喜びであった。
それはまさに、ロマン博士の求めていた自然との同化に思えたからだ。
私の体は、山小屋の木材と一体化しつつあり、蔦や苔、あるいは、花となり、次第に山小屋は一つの有機体となっていった。
長い時間をかけて、山小屋には少しづつ虫や鳥、爬虫類も住み着き、そして、ヨセミテ峡谷の山の中で最も豊かな自然の一部となっていった。
私(つまり、山小屋と私の一体化したもの)は、さらに長い時間をかけて、少しづつその範囲を広げ、やがて、4096年現在では、すっかりヨセミテ峡谷辺り一帯の大きな森と化していた。

今では、2000年代の人間社会当時とは違った新しい小型哺乳類が姿を見せてきており、きっと、これから何億年もの長い時間をかけて、また豊かな新しい種族が生まれ、進化ていくことだろう。

私は人造人間として生まれ、今、森となって、とても幸せだ。
私の心臓あたりの部分には巨大な大木が生え、その根元には、ロマン博士が生涯書き続けた研究結果が大切に仕舞われている。
その膨大な書類はやがて朽ちて、私の栄養となるだろう。
大木には小鳥が巣を作り、リスに似た新たな小型哺乳類が遊び回り、虫たちがたくさん暮らし、この森の生命を育んでいた。

きっと雨が降り、私の左腕あたりの窪みはいずれ美しい青い湖となるはずだ。




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ケニー
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カテゴリ
自作小説
メンバー数
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設立日
2024年02月18日

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