〇〇〇〇は変人である
- 2024/04/03 02:10:59
谷崎先輩は変人である。
どこが変人かというと。
「ねぇ松森ちゃん、小説ネタ欲しくない?」
いろいろネタを思いつくのに、文芸サークルに所属しているのにまったく文章を書かない所。
私が頷くと、どこからかメモ紙を複数枚取り出して、どれがいい?というように私に差し出した。私はとりあえず全部受け取る。
殴り書きだが筆圧が強めではっきりした字である彼の字は、慣れるととても読み易い。
しかしその慣れるまでが長く、自分で思いつくほうが早い、と皆は考えるようで、彼のネタを使うのは主に私だけである。
谷崎先輩――谷崎潤先輩は、私、松森とおるの一つ上の大学の文芸サークルの先輩である。
4月ごろに初めて会ったときからなぜかなつかれている。理由はわからない。
顔はそんなに悪くない。身長はそんなに高くない。社交的な性格。いつも笑顔で人懐こい。一人暮らし。
しかし、何故か飲み会に絶対来ない。
谷崎先輩は変人である。
どこが変人かというと。
「やぁ松森ちゃん」
「……先輩、友達とか彼女とかいないんですか」
授業がない時間は必ず部室に居る所。
部室とは語弊があるかもしれない。そこは少し広い部屋の一角、「文化系部室」にある文芸部のスペースだ。冷房もあまり効かない。
あるのは売れ残りという名の過去の部誌のバックナンバー、部員の誰かが書きなぐった創作メモ、テーブルとイスとスチール棚。なにが楽しくてここにいるのだろうか。
「彼女はおらんよ、でも友達はいるよ?」
あぁ、変人ポイントもう一つ。たまに関西風のアクセントが言葉に交じるところ。
「何が楽しくてここにいるんですか」
そう言うと先輩は、ニッコリ笑って答えない。
谷崎先輩は変人である。
どこが変人かというと。
「彼女ー?おらんし、未だ付き合ったこともないよ?」
にこにこ笑いながらそう言うと、質問者の女の子はえぇーっ、とオーバーアクションでいう。
「そうですかぁ?谷崎先輩カッコいいから意外ですー!」
「そお?僕、カッコいい??」
「えぇ!」
質問者は同じ文芸サークルの一年生。昨日私に谷崎先輩との関係性を怖い顔して聞いてきた。恐らく谷崎先輩が好きなんだろう。
そして彼女はテンプレに乗っているようなことをいう。
「じゃあ私、彼女に立候補してもいいですかっ!」
うおお。ストレートに告白してきた!
さて谷崎さんどうしますか!?そのままさらっとOKしますか、それとも照れ顔頂けますか!!
他人の不幸は蜜の味と言うけれど、他人の恋路も蜜の味だ。ラブストーリーは大好物。
さぁ、どう来るどう来る・・・・・・・?
先輩の返答は、冷めたものだった。
「そぉ、ありがとね?本気にしちゃうよ??」
そう言われた質問者ちゃんは、先輩の顔をじっと見た。
しばらく見つめてから、彼女は―――逃げ出した。
冗談めかしたノリで言ったのだろうけど、彼女にとって最大限の勇気を振り絞った言葉だったのだろう。
「……酷いことしますね」
私がそういうと、谷崎先輩は何言ってるのか分かんなーい、みたいな顔をした。うぜぇ。
そんな思いを込めて見続けると、ようやく先輩は観念したみたいに両手を挙げた。
「彼女、恐らく本気でしたよ」
「そぉ?ならヒドイコトしたなぁ。あの子もこんな僕に幻滅したに違いないね。可愛さ余って憎さ百倍、あの子は今頃僕を嫌ってるだろう。嫌いな奴にこれ以上話しかけられるほど嫌なことはないね、僕はもう彼女に近づかないようにしよう!」
この長台詞をニコニコ顔で言い切る。なんだか反省していないだろアンタ。
「……謝らないんですか?」
私がそういうと、きょとんとした顔になった。……やっぱり。
「……謝るのってさぁ。」
何か言い出した。
「謝るのって、まだまだ友達でいたい、関係を続けたい人にやるもんだと思うんだよね。」
「彼女とはもう関係切りたいと?」
私は彼の言い訳を先回りして言う。
先輩は頷いた。
「この世に異性が何人いると思ってるの?同性も入れたら二倍だよ?その中に僕の代わりや僕よりイイのが絶対いるだろ?僕なんかどまりなんて彼女にとって不幸だろ。僕は彼女のためを思えばこそフッたのさ、いま思いついたことだけど……」
異性に対して優しそうで冷酷なところ。
友人までなら優しいが、それ以上踏み込もうとするとスッパリと斬る。
私はまだまだ友人扱いで、それ以上になろうとか思いもしないけど、それゆえに一番仲が良く見える。
私は、先輩はネタ屋として利用する。あと、面白い観察材料として。
私は変人とかヤンデレとか、おかしいキャラが好きなのだ。
入会していただきまして、ありがとうございます!
これ、面白いですね〜!
「谷崎先輩は変人である。」の初めからすでにこの物語の舞台である大学の文芸サークルの雰囲気が出てるし、谷崎先輩は、ストーリーの中ですでに自動的に動き始めているようです。
良いストーリーとは何か?っておれなりの持論があって、それはストーリーの中で登場人物が自動的に動き始めることなんです。
その人物たちが自分で動いているから、作者はあとからその行動をフォローするように書くような感じになると思うんですね。
これは、たぶん、長編小説の出だしですね?
谷崎先輩、松森ちゃん、あと、文芸サークルの一年生の女の子、この短い文章の中で、すでにこれらの登場人物たちの姿形まで想像できるようでした。
面白かったです〜!
素敵な本を一冊、このカフェに増やしていただいて、ありがとうございます!