あの男の子のことを憶えてる、パパ?
ああ。
覚えてるよ。
今でも元気でいると思う?
ああもちろん。
元気でいると思うな。
でも迷子になっちゃったかな。
いや。
迷子にはならなかったと思うよ。
迷子になったんじゃないかって心配なんだ。
あの子...
愛と平和を
あの男の子のことを憶えてる、パパ?
ああ。
覚えてるよ。
今でも元気でいると思う?
ああもちろん。
元気でいると思うな。
でも迷子になっちゃったかな。
いや。
迷子にはならなかったと思うよ。
迷子になったんじゃないかって心配なんだ。
あの子...
指示どおり三枚の書類のそれぞれの箇所に、それぞれの必要事項を記入しながら、「いや、あれからずっと考えてたから。実際、月二千円であの式場は魅力だよ」
白いバルコニーに肩を寄せて立つ二人のモデルが、脳裏に浮かんだ。
はじけるような花嫁の笑顔は記憶にあったが、新郎の顔がどうしても出てこない。
...
中年の男が言った。
「監督さん、こんな木偶の坊に腹を立ててもはじまりませんぜ」
監督は黙って、鼻の孔から煙をはき出した。
煙草のヤニで茶色になった指が、籐の鞭を握ってせわしなくうごめくのが見えた。
中年の男は、監督のポケットに煙草の箱を押しこんだ。
監督はまるで気づかぬ...
「きっと、人の手が届かない領域は案外広いんだよ」と佐々井が言った。
「高い棚の隅に何か小さなものが置いてある。人が下から手を伸ばして取ろうとするけれど、ぎりぎりの隅の方だからそこまでは手が届かない。踏台がないかぎりそれは取れない。そういう領域があるんだ」
「そんなものかな」とぼくは言った...
「いや、僕が出ていく」
「なんですって?」
ブランチは驚いてきき返した。
夫の言葉が理解できなかったのだ。
「あのおそろしく不潔な屋根裏できみが生活するなんて、考えるだけでぞっとする。考えてみれば、ここはきみの部屋でもある。ここなら気持ちよく暮らせるだろう。少なくとも、最悪の...