私の爪先で蒲公英が揺れていた。目の前を流れる川は高く昇り始めた太陽の光を受けてきらきらと輝き、橋の影はなお深く見えた。 冬を越えて、私は再びここに居た。 まだ───迎えは来ないらしい。 疲れた膝をさすっていると、彼女が土手をゆっくりと下りて来た。「今日は具合がよろしいようね」「ああ、このところ暖か...
私の爪先で蒲公英が揺れていた。目の前を流れる川は高く昇り始めた太陽の光を受けてきらきらと輝き、橋の影はなお深く見えた。 冬を越えて、私は再びここに居た。 まだ───迎えは来ないらしい。 疲れた膝をさすっていると、彼女が土手をゆっくりと下りて来た。「今日は具合がよろしいようね」「ああ、このところ暖か...
「…夜明けが近いな。急ごう」 彼は立ち上がり、老木の枝に手を掛けた。私は疲れ果て、もはや動く気力はなかった。彼はペン程の細い枝を三本選んで手折った。枯れ枝はポキリと乾いた音を立てて折れた。再び彼は私たちの前に胡座を掻き、折った枝の端をナイフで斜めに切って長さを揃えた。そしてナイフを傍ら...
橋の下に人影が見えて、私はたまらない気持ちになった。 ここに来れば何かが変わる。 変わる筈だ。きっと─── 近づくにつれ、その人影が彼のものではないことに気が付いた。 彼女だった。 私の足音に振り返った彼女は、夏の夜から比べて更に線が細くなっていた。彼女は弱々しく微笑んで、またお酒を買いに行かれる...
以来私は足繁く橋の下へと通った。 酒を少しずつ小瓶に移して持って行った。長居をせぬための工夫は私の身を案ずる息子夫婦への配慮でもあったが、酒瓶に残る酒を覗いて≪また次がある≫と思うことが楽しくもあった。 時たま留守にすることもあったが橋の下の家の主は大抵私より先に来ていた。決して愛想が良いとは言え...
それから十日程、私は床に臥していた。夜露に濡れて呑んでいたのが災いしたのだろう。身体中がぎしぎしと軋むように痛んだ。寝たり起きたりを繰り返しているうちに、私はこのまま、ある朝突然、二度と起き上がれなくなるのではないかと思った。 まるでこれまでの生活を取り上げられるように─── 彼の言葉が、ふいに現...