■近代文藝之研究|時評|梁川、樗牛、時勢…(3)
- カテゴリ: その他
- 2011/10/15 21:54:21
■近代文藝之研究|時評|梁川、樗牛、時勢、新自我 (3)
然るに外に見はれた梁川、『病間録』『回光録』に見えた梁川は、更に別趣の面目を有してゐる。人は彼れが文藝を以て宗教を包んだといふ。併し文藝で宗教を包むといふことは、一方から言へば、殆んど凡ての宗教の發相に於いて然りといはれる。教會寺院といひ、經...
島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。
■近代文藝之研究|時評|梁川、樗牛、時勢、新自我 (3)
然るに外に見はれた梁川、『病間録』『回光録』に見えた梁川は、更に別趣の面目を有してゐる。人は彼れが文藝を以て宗教を包んだといふ。併し文藝で宗教を包むといふことは、一方から言へば、殆んど凡ての宗教の發相に於いて然りといはれる。教會寺院といひ、經...
■近代文藝之研究|時評|梁川、樗牛、時勢、新自我 (2)
されば今吾人をして如上の事實から一歩を跨がしむれば、梁川が宗教的生涯の未來は、中に徹底超越の氣を増すと共に、外面の光澤漸く散じて、色彩の赤く強い所が、白くなり淡くならねば休まなかつたであらうと察する。言はゞ白熱の域に達する。文藝の人梁川は、此...
■近代文藝之研究|時評|梁川、樗牛、時勢、新自我 (1)
梁川、樗牛、時勢、新自我
曩には高山樗牛蚤く世を去り、今はまた綱島梁川が蚤世した。兩家ともに不惑に滿たざるの齡を以て、等しく其の晩年に一種の心熱、たとへば樗牛熱、梁川熱ともいふが如きものを世に起こした人である。想ふに梁川をして尚十年...
■抱月番外編|故郷の父
私の故郷は石州であるが、東京に出てから彼れ是れもう二十餘年になる。其のあひだ、母の死んだ時の外は、一度もしみ/″\歸省したことが無い。從つて故郷の記憶も、大かたは遠い淡い夢のやうになつて了つた。たゞ所々馬鹿に際立つてはつきり想ひ出せる部分がある。 私の十ばかりの...
■近代文藝之研究|時評|今の文壇と新自然主義 (8)
單なる外界の事象に非ずして、生きた事象生きた自然を結撰する、其の方法として先づ私心我念を消せんとする。要は自然の新生命を誘ひ出さんとするにある。されば延いて之れを表白する上にも、たゞ腦底に作つた自然を寫し事象を寫すといふと異なり、其の事象其の自然...