■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳(19)
- カテゴリ: その他
- 2011/06/05 18:50:08
■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳 (三)(9)
クリスチアニアにては、イブセンの頃は全く固陋の徒より免るゝの途なく、社會の頂より奧底まで此の種の輩を以て充たされたりき。また諾威人は常に熱烈なる黨派心を有し冷靜公平の判斷を文學史上の作品に下すこと能わず。例へばブョルンソンにはブョルンソンの黨與あ...
島村抱月・著『近代文藝之研究』のテキスト・データ化ブログ。2014年02月に全文のデータ化終了。只今入力ミス等の校正進行中。
■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳 (三)(9)
クリスチアニアにては、イブセンの頃は全く固陋の徒より免るゝの途なく、社會の頂より奧底まで此の種の輩を以て充たされたりき。また諾威人は常に熱烈なる黨派心を有し冷靜公平の判斷を文學史上の作品に下すこと能わず。例へばブョルンソンにはブョルンソンの黨與あ...
■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳 (三)(8)
獨乙人の所謂ブロートナイト即ち商賣讐の嫉妬非常に強く、上中下層を通じて競爭者と見れば打ち倒さんとするの慾心盛んなり。勿論淺薄なる教育はあり、また例外の少數家に立派なる人々も無しとは言はねど、大學仲間以外に出づれば精神思想方面の興味は索然として缺乏...
■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳 (三)(7)
イブセンが諾威を去るに至つたのは種々の事情もあつたからであらうが、其の一理由として當時自家の四圍に不快を感じたといふ事は事實であらう。ボーイセン氏が此の間の消息を叙述してゐるのは、之れをゴッス氏の記する所に比するに、稍惡い方面のみに傾き過ぎてゐる...
■近代文藝之研究|研究|イブセン小傳 (三)(6)
イブセンのクリスチアニアに歸るや、千八百五十九年に同志の者と諾威協會を創立して諾威文學の獨立を謀ることに盡力した。ブョルンソンは推されて其の會長となり、イブセンは副會長となつた。又その作『海豪』をクリスチアニア座に提出した時、拒まれはしなかつたが...