「契約の龍」(146)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/01/15 12:12:38
その朝、王都は厚い雲がもたらした雪に包まれていた。…それも、――風こそないものの――めったにない大雪に。
「…クリス。無意識に使う魔法は、強力だけど厄介だ、って教えたわよね?」
窓の前で茫然と外を見る俺たちの背中へ向けて、クラウディアの苦りきった声がかけられる。ちなみに、時計の示す時刻によれば、夜明けから二時間ほどが経過している。
「えーと、これ、私のせい、なの?……どうして?」
クリスが恐る恐る祖母の方を振り返る。
「天候を左右するような魔法なんて、使った覚えは無いよ?そんな大掛かりな…」
「あんたたちじゃなきゃ、誰だって言うのよ?昨日はあんなに晴れてたのに」
「…たち?アレクも容疑者、なの?」
クリスが俺の袖をひっぱりながら言う。それにしても、「容疑者」とは、人聞きの悪い。
「どっちかが、なのか両方が、なのかは知らないけどね。…何か強く願ったりした覚えは?」
それは、大いに、ある。
クリスも同様らしく、わずかに半身を引いたのが判る。……だが、それが魔法とどう関係があると?
「…偶然、じゃないんでしょうか?」
容疑者呼ばわりされたくはないので、とりあえず、反撃を試みる。
「…何を願ったのかは知らないけど、「偶然」なんて言葉が出るってことは、その願いは叶った、って事よね?」
そう言って意地の悪い目がこちらに向けられる。どうやら反撃に失敗したようだ。
「…まあいいわ。起こってしまった事は取り消せないんだし。…だけど、多少、計画の修正は必要よね?」
「…そうだ、ね」
クリスが肩を竦めて渋々承知する。
当初の予定では、クレメンス大公のいる部屋に簡易寝台を一つ持ち込んで、そこにクリスの「抜けがら」を置く、ということだったが、この雪のせいでそれができなくなった。昨日のごたごたで、手配が遅れたためだ。
「今空家になってる王太子宮に、部屋を一つ用意してもらったわ。クリスが離れで「潜行」した後、体を置いておく部屋、ね」
「…王太子宮?」
クリスが怪訝そうな声を上げる。俺も、そういう場所があるのは知っている――常識の範囲で――が、王宮との位置関係などは今一つ把握していない。
「あの「離れ」はちょうど王宮と王太子宮との間にあるのよ。王太子宮は今空家だから、めったに人の出入りもないし、棟続きになってるから、面倒を見るこっちにも都合がいい……だろう、って陛下が」
なんだか、最後の一言が付け足しっぽい気がするが…
「ふうん……まあ、今王宮は奥へ行くほど空き部屋が多いみたいだし。…丸々一軒空家があるとは思っていなかったけど」
クリスの返事もなんだか上の空だ。
「ところで、クリスの「体」を離れからその部屋へ運ぶのは……」
「アレクの仕事だろう?……いやだ、って言うなら、誰か頼まないといけないけど」
「拒否はしないけど……この雪の中を?」
こうしている間にも、どんどん積もっているんだが。
「まあ、自業自得、という事だわね」
そう言われるのは、今一つ納得がいかないんだが。
「王宮が雪に埋もれる前に、離れへ移動しましょ。いつでも入れるようにしてもらってあるから」
クラウディアがそう言って踵を返し、後ろも見ずに歩き出す。俺たちは慌てて後をついて行く。
階段の踊り場で、クリスがふとつぶやく。
「ところで…クリストファーは今日も資料漁り?」
「そのはずよ。…それしか指示していないもの。……陛下か妃殿下辺りからお召しがあれば別かもしれないけど。どうして今頃訊くの?」
「さっき…遠くにちらりと姿が見えた気がしたんだけど。……だったら、人違いかな?」
「気になるんだったら、あとで伝えておくけど?厄介事に巻き込まれないように、って」
見た目があまりにもまんまだし、な。
「その辺の判断は…任せる。とにかく、今は「龍」に集中しないと」
いよいよ大詰めですね^^