Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(144)

 ベッドの端から体を乗り出して、クローゼットの中を漁っていたクリスが、何か小さなものを取り出した。
 「…何?」
 「昨日、届いたんだ。いろいろあって、忘れてた」
 取り出した物は小さな箱だった。手のひらに載るほどの大きさの木箱で、すべての角が丸められている以外、これといった装飾は無い。
 「遅くなったけど、冬至祭の、お返し」
 「冬至祭の?」
 贈り物にしては、包装も何もないが。…人の事は言えないか。
 「開けてみて」
 …なるほど。これは容器か。入れ物を用意しただけでも俺より気が利いている。
 箱にはベルベットの内張りがしてあって、中には二粒の青い透明な石が収まっていた。
 よく見てみれば、どうやらピアスに加工されているようだ。
 「ええと…既に一つ埋まってるんだけど、耳」
 まさかもう一つ開けろと?
 「……お気に召さない?」
 「そういう訳では…」
 ケースから一つはずして、クリスの耳に嵌っているのと見比べてみる。石の色が違うだけで、ほぼ同じデザインだ。まあ、デザイン、というほど凝ったものでもないが。
 「…揃えたんだ?わざわざ?」
 「……まあ、ね」
 「準備する時間もあまりなかっただろうに。…ありがとう」
 頬に軽くキスする。
 「伝手もないし、時期が時期だから…間に合ってよかった」
 「着けた方がいいのかな?「間に合ってよかった」って事は」
 「アレクが厭でなければ。「アンカー」にしようと思ってるんだけど」
 錨(アンカー)、ね。こちらへ戻るための拠り所、といったところか。そういう意味があるなら、厭だとは言えまい。
 黙って持っていたピアスを手渡し、空いている方の耳をクリスに向ける。
 「…戻ってくる手段よりも、自分を保つ手段を探った方がいいんじゃないのか?」
 耳元で手を動かしながら何事かつぶやくクリスにそう言ってみる。
 「…考えたよ」
 どうやら仕事を終えたらしいクリスが、座り直して答える。
 「でも、要は自分の心掛け次第、って事だから、悩むのはやめた。…それに、アレクのおかげで、大分自分が保てる自信がついてきた」
 …はぁ?
 「……お役にたてて何より。…だけど、どうしてか訊いていいか?」
 答えが来るまでかなりの間があった。
 「……内緒。言ったでしょ?これは私の心掛けの問題だって」
 そう言ったかと思うと、膝立ちになってこちらににじり寄ってくる。
 「もし聞きたければ、帰ってきてから、ね」
 耳元でそうささやくと上掛け毛布の下にもぐりこんでしまう。そして中から腕だけ出して俺の背中に触れてくる。
 「…アレクの肩甲骨。…背骨。………骨盤。…こうやって、人の背中を下から見上げるのって、子どものころ以来かも」
 「…そりゃそうだ」
 そう言っておいて、クリスの横に体をすべり込ませる。
 「だけど、クリスのうちって、人里離れたところにあるって言ってなかったか?」
 「…間違ってはいないけど。家族以外の人は見た事がないってほどでもないし。夏なんかは半裸で仕事してる人も村には少なくないもの」
 …なるほど。そういえば、秋に行った港町では、寒くなり始めの季節だというのに、肌着一枚でも暑そうにして作業をしていた者も多かった。クリスの言う「村の人」達もご同様なのだろうか。
 「今の時期は……雪に閉じ込められるから、人の行き来はあまりしないけど。…また祖父が寒いのに弱い人で。……こういう話、聞きたい?」
 「クリスが話したいのなら。…でも、無理に、とは言わない」
 仰向けになってクリスの顔に手を触れる。…もっとクリスに触れたい。もっとクリスを知りたい。…だが、時間が足りない。
 「…雪に閉じ込められるから、冬場、村の人たちの仕事は、もっぱら家の中でできる仕事になるんだけど…」
 クリスがゆっくりと低い声で話し始めた。
 「工芸品とか手芸品が主で、結構な現金収入になるんだけどね。祖父がうちに腰を落ち着けて、最初に取り組んだのが、毛織物の品質向上、だったんだって。それというのも…」
 話しながら少しずつクリスがにじり寄ってくる。最終的にはぴったりとくっついて、耳元でささやくような形になった。そのうえ、無意識なのか、それとも意識してなのかは判らないが、クリスの手がやたらと体のあちこちを触りまくる、というか、撫でまわすのが、妙に気になる。
 「…それで、私も小さいころから針仕事を仕込まれたんだけど…」
 「…クリス、ちょっといいかな?この手はさっきから何してるのかな?」
 「え?………あ!……ごめん」
 恥ずかしげにそう言って、慌てて手を離す。
 「……寝つけない時の癖で……ここ半年くらいはおさまってたんだけど。……その、撫でる物が近くに無くて」
 つまり、あのリンドブルムの代わりか、俺は。……まあ、緊張していて、子どもの頃の癖が出るのは、仕方がないか。
 「あ、もちろん、手触りとか大きさとか、違うのは意識してたんだけど、つい、手が…」

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