「契約の龍」(144)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/01/15 12:06:34
ベッドの端から体を乗り出して、クローゼットの中を漁っていたクリスが、何か小さなものを取り出した。
「…何?」
「昨日、届いたんだ。いろいろあって、忘れてた」
取り出した物は小さな箱だった。手のひらに載るほどの大きさの木箱で、すべての角が丸められている以外、これといった装飾は無い。
「遅くなったけど、冬至祭の、お返し」
「冬至祭の?」
贈り物にしては、包装も何もないが。…人の事は言えないか。
「開けてみて」
…なるほど。これは容器か。入れ物を用意しただけでも俺より気が利いている。
箱にはベルベットの内張りがしてあって、中には二粒の青い透明な石が収まっていた。
よく見てみれば、どうやらピアスに加工されているようだ。
「ええと…既に一つ埋まってるんだけど、耳」
まさかもう一つ開けろと?
「……お気に召さない?」
「そういう訳では…」
ケースから一つはずして、クリスの耳に嵌っているのと見比べてみる。石の色が違うだけで、ほぼ同じデザインだ。まあ、デザイン、というほど凝ったものでもないが。
「…揃えたんだ?わざわざ?」
「……まあ、ね」
「準備する時間もあまりなかっただろうに。…ありがとう」
頬に軽くキスする。
「伝手もないし、時期が時期だから…間に合ってよかった」
「着けた方がいいのかな?「間に合ってよかった」って事は」
「アレクが厭でなければ。「アンカー」にしようと思ってるんだけど」
錨(アンカー)、ね。こちらへ戻るための拠り所、といったところか。そういう意味があるなら、厭だとは言えまい。
黙って持っていたピアスを手渡し、空いている方の耳をクリスに向ける。
「…戻ってくる手段よりも、自分を保つ手段を探った方がいいんじゃないのか?」
耳元で手を動かしながら何事かつぶやくクリスにそう言ってみる。
「…考えたよ」
どうやら仕事を終えたらしいクリスが、座り直して答える。
「でも、要は自分の心掛け次第、って事だから、悩むのはやめた。…それに、アレクのおかげで、大分自分が保てる自信がついてきた」
…はぁ?
「……お役にたてて何より。…だけど、どうしてか訊いていいか?」
答えが来るまでかなりの間があった。
「……内緒。言ったでしょ?これは私の心掛けの問題だって」
そう言ったかと思うと、膝立ちになってこちらににじり寄ってくる。
「もし聞きたければ、帰ってきてから、ね」
耳元でそうささやくと上掛け毛布の下にもぐりこんでしまう。そして中から腕だけ出して俺の背中に触れてくる。
「…アレクの肩甲骨。…背骨。………骨盤。…こうやって、人の背中を下から見上げるのって、子どものころ以来かも」
「…そりゃそうだ」
そう言っておいて、クリスの横に体をすべり込ませる。
「だけど、クリスのうちって、人里離れたところにあるって言ってなかったか?」
「…間違ってはいないけど。家族以外の人は見た事がないってほどでもないし。夏なんかは半裸で仕事してる人も村には少なくないもの」
…なるほど。そういえば、秋に行った港町では、寒くなり始めの季節だというのに、肌着一枚でも暑そうにして作業をしていた者も多かった。クリスの言う「村の人」達もご同様なのだろうか。
「今の時期は……雪に閉じ込められるから、人の行き来はあまりしないけど。…また祖父が寒いのに弱い人で。……こういう話、聞きたい?」
「クリスが話したいのなら。…でも、無理に、とは言わない」
仰向けになってクリスの顔に手を触れる。…もっとクリスに触れたい。もっとクリスを知りたい。…だが、時間が足りない。
「…雪に閉じ込められるから、冬場、村の人たちの仕事は、もっぱら家の中でできる仕事になるんだけど…」
クリスがゆっくりと低い声で話し始めた。
「工芸品とか手芸品が主で、結構な現金収入になるんだけどね。祖父がうちに腰を落ち着けて、最初に取り組んだのが、毛織物の品質向上、だったんだって。それというのも…」
話しながら少しずつクリスがにじり寄ってくる。最終的にはぴったりとくっついて、耳元でささやくような形になった。そのうえ、無意識なのか、それとも意識してなのかは判らないが、クリスの手がやたらと体のあちこちを触りまくる、というか、撫でまわすのが、妙に気になる。
「…それで、私も小さいころから針仕事を仕込まれたんだけど…」
「…クリス、ちょっといいかな?この手はさっきから何してるのかな?」
「え?………あ!……ごめん」
恥ずかしげにそう言って、慌てて手を離す。
「……寝つけない時の癖で……ここ半年くらいはおさまってたんだけど。……その、撫でる物が近くに無くて」
つまり、あのリンドブルムの代わりか、俺は。……まあ、緊張していて、子どもの頃の癖が出るのは、仕方がないか。
「あ、もちろん、手触りとか大きさとか、違うのは意識してたんだけど、つい、手が…」