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盗月Blog——島村抱月TextData——


■近代文藝之研究|研究|自然主義の價値(46)

■近代文藝之研究|研究|自然主義の價値|九 (1)

        九

自然主義が折角内容上に所有した實際的意義の足掛りは、斯んな順序で一旦全く抛擲して了ふ。さすれば自然主義の文藝は寫實主義などと同じく全く嚴肅な、氣を引き締める方面の目的は無くなるか。何を實際方面の意義目的として取り縋つてよいか。たゞ在りのまゝの人生を寫すといふ丈では、隱れた所をも描くといふ外、寫實主義と何の相違する所も無い。寫實主義の眼界が廣まつたといふに止まる。個より是れもたしかに其の一面ではあるが、併し自然主義は是れよりも以上の意味を有するのではないか。曩に中間相對の理想や解決やを抛擲したのは、之れを低し淺し狹しとして斥けたのであつて其の奥に更に最後絶對のものを求めて、直接之れを揣摩せんとする所に自然主義の新生命は湧くのでないか。



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*註1:内容上に
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。

*註2:所有した・隱れた所・する所も無い・揣摩せんとする所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註3:一旦全く・全く嚴肅な
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg

*註4:自然主義の文藝
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

*註5:寫實主義などと
「などと」は原本では「などゝ」になっていたが誤植と思われるので改めた。

*註6:氣を引き締める
「締」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tei_shimaru.jpg

*註7:取り縋つてよいか
「縋」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:寫すといふ丈では
「丈」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyou_take.jpg

*註9:何の相違
「違」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註10:併し自然主義は
「併」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shikashi.jpg

*註11:其の奥に更に
「更」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sara.jpg

*註12:最後絶對
「絶」の正字体。旁の「色」が「刀」+「巴」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zetsu.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html

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2010/01/15 20:09
●紫苑さんへ:その5

「日本野鳥の会福岡 しぶろぐ」僕も拝見しました。
鳥の会というのは、だいたいが中高年の人が多いです(特に“高”かな?)。
小・中・高校生でよく参加する人は、あまりいないかもしれませんが、
飛び入りで参加しても、みなさんきっと喜んで、親切に対応してくださるはずです。

双眼鏡は、もし紫苑さんちにあれば、それを持って行ってもいいですが、
(野鳥観察には、普通は倍率が8倍前後の双眼鏡を使います)
持っていなくても、きっと会の人が予備の物を持っていますから、
それを貸してくださると思います。
そして、「しぶろぐ」の写真にもありましたが、
観察会には必ず何台か望遠鏡が用意されていますから、
絶対に、その望遠鏡で見る野鳥の世界を体験してください。
(こちらから頼まなくても、必ず「見ろ見ろ」責めにあうと思いますが)
きっと感動します♪

弟さんとご一緒でしたら、3月のほうがいいかもしれません。
1月、2月は初心者だと寒すぎると感じる場合もありますし、
風の強い日だったりすると、気温以上に寒くなって大変です。
(風が強い日は野鳥もあまり出現しませんし)

3月だと少しあたたかくなります。
そして福岡あたりだと、たぶん3月の初旬〜中旬ぐらいには、
もう初ツバメが南からやってくるんではないでしょうか?
3月〜4月は、冬鳥と夏鳥が入れ替わる時期(“渡り”の時期)なので、
うまくゆけば両方の鳥が見られますから、その点でもオススメです。

もし参加されたら、ぜひ感想、聞かせてください。
楽しみに待っています♪
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2010/01/15 20:08
●紫苑さんへ:その4

紫苑さんが美術展のお話をされていましたので、
そのことについても、この「愛着」(データベース)という見方から考えると、
こんなふうにいえるのかもしれません。

東京で見た美術展の品々について、どうも思ったほど感動できなかったのは、
まだ紫苑さんの中に自分なりのデータベースができていないから……と。
福岡で見た絵巻や古い着物で覚えた

> 自分が住んでいるところに昔こんな歴史があってこんなものがあったんだっ!

という感情は、紫苑さんの頭の中に
紫苑さんなりの福岡のデータベースができていて、そこから生まれるんだと思います。
鑑賞のしかたは、それぞれのやりかたがあっていいとは思いますが、
もし、福岡の美術展と同じ感情・感覚で、国宝の美術品を味わうとなると、
日本という国のデータベースを、福岡なみのリアルさで作っておけば可能、
ということになるのかもしれません。(でもこれは非常にむずかしい!)

美術品を確かに鑑賞し、しっかりと味わうには、
もちろん出合い頭のファースト・インプレッションで感動できるのが
一番素晴らしい、強い、意味のある美術品だとは思いますが、
そういう運命的な、インスピレーションで感動できる類いの作品だけでなく、
もし、さまざまな美術品を美術そのものとして味わおうというのなら、
自分の体感や、記憶といったデータベースではなくて、
美術用のデータベースがないと弱いと思います。

直接的には、さまざまな美術をまずたくさん目にすることですが、そのためには、
その美術品が生まれた背景(作者像・歴史・地理・風土・文化)という項目を、
自分用のデータベースの中の項目に加わえる人もいるでしょうし(←評論家タイプですね)、
美術品を見たときのイメージを詩や物語的なデータベースにする人もいるでしょう、
あるいは、音楽的なデータベースにする人もいるかもしれません。
自分なりのそういうデータベースが、ある程度蓄積されれば、ある時点からは、
さまざまな美術品を、自分独自の楽しみかたで鑑賞できるようになると思います。
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2010/01/15 20:08
●紫苑さんへ:その3

これは、いままでいなかった新しい鳥が来た、という新項目を
データベースに付け加えることのヨロコビ……とは少しちがいます。

野鳥だけでなく、生き物にはすべて同じことがいえると思いますが、
環境というものの影響力はとても大きいです。
いつも歩いているコースマップには、意識・無意識のうちにこの環境が入ってます。
だから、この場所でこの鳥が出てくるのは当然、というふうに
僕の頭の中のデータベースはできあがっています。
そして、自分のデータベース内で珍しい鳥になっている野鳥は、
自分のコースマップの環境が、その野鳥にとって住めない環境だということを意味します。

住めない環境なのに、やってきた珍しい鳥。お客さまですよね。
「わざわざきてくれて、ありがとう!」というのが
一番最初に来る、そして最大の感動の要素だと思います。
その次に「どうして!?」という感情が発生します。
環境は、壊す方向へは瞬時に可能ですが、整備したり、復元したり、
あるいは育てる方向となると、これはとてもとても気の遠くなるような時間がかかります。
季節が変わったから、とか、前年と今年、とかでの
よい方向への変化というのはまずありえません。
ですから、環境要素以外の原因にあれこれ思いをはせることになります。
気象条件か(台風や暴風雨の翌日とかには珍しい鳥が来ることがあります)、
空腹か(冬の厳寒期や子育て期にはテリトリーを広げたりします)、
事故か(他の鳥に追われての負傷、年齢・病気・テグス等による衰弱、etc.)
……等々に思いをはせながら、その鳥の外見になにか情報の痕跡がないか
あれこれ探し、推理することの興奮です。

そして、その次ぐらいにやっとくるのが、
その珍しい鳥への、色や形やしぐさに対する興味と感動でしょうか。
つまり、知らない馴染みのない場所で、いきなり珍しい鳥を見るのは、
ほぼここの地点と同じことになります。

まとめますと、
自分なりのデータベースのない所での鳥には、
そのデータベース要素が真っ白なため、感動にも面白みにも欠けてしまう、
……ということだと思います。
紫苑さんの「愛着」というのも、やはり、
自分の生きてきた(生きている)環境の、
無意識のうちに蓄積されたデータベースの感情だと思います。
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2010/01/15 20:07
●紫苑さんへ:その2

> 「感動」の中には愛着もあるのかもしれません

と紫苑さんが書かれていましたが、確かにソレだ!と思いました。

初めての場所に、人に案内されて「ほれ、珍しい鳥」と見せられたときのことを考えると、
初めて見る鳥の色形への興味や感動はそれなりにはあるのですが、
「どうしてこの鳥が、僕の観察エリアに来なかったのだろう」
と、残念に思う気持ちもあって、それが感動をマイナス化させるのかな、
という程度に考えていました。

確かに、これも自分の地域(エリア)に対する愛着の1つのあらわれですけど、
紫苑さんのコメントを読んでいるうちに、それだけじゃないことに気づきました。

僕が鳥を見に歩き回るとき、だいたいのコースが3種類あります。
それぞれのコースは、距離も方角も違いますし、環境も少しずつちがいます。
環境のちがいで、見ることのできる野鳥の種類や数もバラツキが出ます。
そして歩いていて、このあたりではカワセミがいるんだけどな、
というように、見ることのできる野鳥の種類のデータベース的な蓄積が、
自分のコースマップとともに頭の中に沁み込んでしまっています。

僕が鳥を見に歩いているのは、その記憶の中のデータベースの確認みたいな部分が
あるんだろうと思います(意識はしていませんが、無意識に)。
ですから、いつものデータベースにいる野鳥に出会えると、
「おっ、今日もいるね」「元気にやっているね」
と、まぁ、ご近所さんにご挨拶して歩いている感じです。(^_^)/
僕の、身近なありふれたスズメやカラスを見ているだけでも飽きない、
という気分は、ご近所さんとの立ち話が「飽きた」からといって、
翌日からはもう挨拶もしない、ということがないことに似て、
会って立ち話していると、そのつど面白い発見や愉快なことがあるからです。

そして、データベース以外の野鳥が出現したときですが、
これはとても驚きますし、興奮して望遠鏡を覗き、そして感動も大きいです。

このデータベース以外の珍しい野鳥が、
なぜ、自分のエリアで見つかると嬉しくて、見知らぬエリアだと感動が弱いのか。
それは紫苑さんのいう言葉でいえば「愛着」で、
それを僕なりの言葉に変換すると、頭の中にできている「データベース」だと思うのです。
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2010/01/15 20:06
●紫苑さんへ:その1

紫苑さん、丁寧なコメント、ありがとうございました。
紫苑さんのコメントを読んで、いままで考えもしなかったことに気付きましたので、
まずそのお礼からお話してみます。

野鳥を見る人にはさまざまなタイプの人がいます。
たくさんの野鳥図鑑を編まれた高野伸二さんというかたの本で、
そのことを述べられている個所がありました。
正確な記述は覚えていませんが、
「鳥好きの人が鳥を見に集まる観察会のことを探鳥会といいますが、
そこにやって来る人たちには、さまざまなタイプの人がいます。
ハクチョウやツルといった大型の鳥が好きな人、
逆にスズメクラスの小鳥じゃなきゃだめな人
あるいは、カワセミ1種類しか興味がない人とか、
そこまで狹くなくても、ワシタカ類にしか興味がない人とか、
あるいは逆に、生涯にすべての野鳥を見るべく、日本・世界各地に出かける人とか、
鳥を撮影することからカメラや望遠鏡等の機材のほうに熱中してしまう人とか、
鳥のさえずりに魅せられて、その録音に熱中する人とか、
鳥を見たあと、記憶だけを頼りに絵に再現するのが好きな人とか、
あるいは、鳥の名前にやたら詳しい人とか、
鳥の名前の出てくる和歌をそらんじたり、ウンチクを述べたがる人とか、
地面に落ちている鳥の羽を集め、その羽1本から鳥の名、
羽のはえている個所を調べるのが好きな人とか……」
と、いろんなタイプを紹介して、そしてその最後に、
「探鳥会に来る人たち(の反応)を見るのが好きな人」
というのも紹介されていたので、大いに笑ってしまったことがあります。

野鳥も最初の見はじめは、なにもかもが目新しく新鮮で、
自分がどんなタイプかなんて考えもしませんでしたが、
でも、細々とながらも何年も観察を趣味としてつづけていくうちに、
やっぱり好みや癖が徐々に出てしまうようで、
で、ふと高野伸二さんのあの分類のことを思い出したとき、
はて、自分はどういうタイプかなと、ぼんやり自分なりに考えてみたら、
「自分の足で歩き回れる範囲内にいる野鳥たちを見ているのが好き」
というタイプになるんだろうな、と思ったのです。

でも、僕としてはそれで大いに納得し、満足してたんですが、
紫苑さんのコメントを読んでいるうちに、ハタと気づいたんです。
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2010/01/14 19:47
こんにちは、おくれてすいませんっ

自分の知らない土地・風景の中で、珍しい鳥を見ても、なんだか全然感動がない・・・
感動は同じものを見ても感じる人と感じない人がいると思いますよ♪
自分の身近な、いつも見ている風景の中で・・・たしかに家の近くにいてよく見かけると小鳥など
カラスでも好きになってしまいます^^
かわいいと思います、愛着がもてるのです。
「感動」の中には愛着もあるのかもしれません・・・なんて。
後、少し違うかもしれませんが・・
東京の大きな美術館に行ったんです、そこは大きくてたくさん国宝などがあったのですが
国宝、古そうな昔の人が作ったお皿。
ほかのお客さんもいっぱい いて「わぁーすごい」とか言ってたのですが
絵巻などでほかの人がすごいと言っていたものがあまり良くは・・感動などはできませんでした。
それより、福岡の図書館にある絵巻、美術館にある着物などのほうが
自分が住んでいるところに昔こんな歴史があってこんなものがあったんだっ!
・・と思い感動します!
私は知らないものは感動できないだけなのかも・・とも・・思いました・・
単純なだけかもしれませんね><
これは、愛着と一緒ともいえるのでしょうか?
・・・ぅー・・・ん自分でも何が言いたいのやら・・・泣

ブログ拝見させてもらいました~~^^
かわいい鳥がいっぱいでした、鳥ってきれいな毛並みですね。。
かわいいです>v<

ほーぉw
冬場といえば今ですねw
http://wbsjfukuoka.blog39.fc2.com/ (ここにのせていいのかわからないのですが)
日本野鳥の会福岡 しぶろぐーーというのがありました。
ついつい、げるぞるさんからのコメントをみてブログを見させてもらってからみてましたw

どうやら大濠公園でもやってるようですねw
大濠公園も近いので時間さえあれば弟と一緒に行って見ようかな、とおもいますw
寒いので温かい格好をして。



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