Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(141)

 両方の耳朶が疼く。
 クリスが手にした針は、きっかり一度で耳朶を突き通したけれど、それでも痛いものは痛い。だが、何度もぶすぶすやってしまったクリスの耳は、もっと痛かったはずだと思って我慢する。
 「…預かってもらう方は固めとくつもりだけど、こっちはどうする?」
 針先を布で拭いながらクリスが問う。
 「…固める、って?」
 クリスがおもむろに指先で耳朶に触れる。触れた部分がかすかに温かくなり…手を離すとむず痒さが残る。
 「…これで、触っても大丈夫」
 言われて耳朶に触れると、乾いたかさぶたがポロリと取れ、指先が小さな穴の存在を感知する。「固める」とは「傷を塞ぐ」の意味らしい。…あるいは、「穴を開けたまま固定する」の意味か。
 「こんな事ができるなら、自分で開ければよかったのに」
 「だから、自分の耳は見えないから怖いんだってば」
 言いながら、緑色の石の嵌ったピアスを手に取る。俺がクリスに贈った物だ。
 「…なんで、自分で贈った物を自分の耳に着ける羽目になるんだ?」
 クリスの指が俺の耳にピアスを留めつける。反対側の耳朶にはクリスが『痛み止め』と称する軟膏が擦り込まれる。
 「アレクが不器用で、ピアスホール開けるのに失敗したから、だよ」
 そう言って、新しい針を差し出す。
 「また失敗したら、こっちも自分の耳に飾る羽目になるよ?」
 諦めて針を手に取る。
 アルコールで湿した綿で、クリスの耳朶を拭う。耳朶のほぼ真ん中に位置決めして針をあてがう。
 …ここまでは、前回も落ち着いてできた。
 針を耳朶に対して垂直に当て、力を入れて押す。針の先から血が出てるとか、クリスが体をこわばらせるとかは、見ないようにして、手元に集中する。
 「……っ」
 クリスが小さく息を呑んで堪える。
 「……アレクって、『闘技』の成績、あまり良くなかった、でしょ?」
 使った器具を片づけていると後ろからそう話しかけてくる。
 「……なんでそう思う?」
 「思いきりが良くないもの。練習段階ではかなりいい線いっても、人と向かい合ったら、手加減しちゃうでしょ。防御してあるって解ってても」
 クリスが耳を押さえながらご丁寧に解説してくれる。
 「まるで見てきたかのように言う」
 「…違うの?」
 「……まあ、華々しい成績ではない、のは認めるけど。…手加減する、というより、こちらからは手が出せなくてね」
 「…それも、子どもの頃に何かあったせいで、とか?」
 「そんなこと訊いてどうするつもりだ?」
 「どう、って…」
 「考えてみたら、クリスの子どもの頃の話って、ほとんど聞いた事がないぞ?強いて挙げれば、「クリスティン」て呼ばれるのをひどく嫌った、という事だけ」
 「だって、別に興味を引くような事なんて…リンドブルム拾った母や、生きてるうちにお葬式されちゃった祖父ほどには」
 「……クリス。比べる相手が間違ってる。普通の人は、そんな尋常じゃない体験は、子ども時代にはしない。……戦争とか災害でもない限り」
 「…そうかな?じゃあ、ケーキを焼こうとして台所を半焼させるのは…」
 「クーリース。そういう事言わない」
 ピアスを耳に装着し終えたのを確認して、クリスの口を抑える。
 「第一焼いたのはオーヴンだけだと言っただろうが。半焼だなんて、人聞きの悪い」
 クリスが指先で、自分の口を塞ぐ俺の手をそっと外す。
 「人聞きが悪いも何も…ここにいるのはアレクと私だけだし。…それとも、聞いている「人」が他にいるとでも?」
 「そういう意味じゃなくて…」
 クリスが外した手に指を絡めてくる。
 「…クリス?」
 「……予定では今頃は「龍」と対峙していたはずなんだけど、な」
 「それは、俺の戻ってくるのが遅れたせいか?それとも、陛下が倒れたのが原因か?」
 「最初のきっかけは、陛下だけど……」
 クリスがこちらを見上げる。
 「…そういう話がしたいの?今」
 「いいや」
 クリスの体を抱き寄せる。
 「しゃべって動くクリスが、ここにいてくれて、うれしい」
 クリスを抱きしめたまま、手近な場所に腰を下ろす。…といってもベッドしかないが。
 「…そんなこと言われると、決心が鈍るじゃないか」
 クリスがうなだれてこちらの肩に顔をうずめる。
 「誰かに命じられた訳でも、強制された訳でもないけど……誰かが「龍」の頭をひっぱたいて、自分が何してるかを解らせないといけないんだもの。一番それができそうな人が、眠ったまんまなんだもの」
 「…うん、判ってる。…だから」
 クリスの耳元に唇を寄せる。…ピアスの嵌っていない方だ。
 「…どうして欲しい?どうしたい?今は」
 「どう、って…」
 クリスが口籠る。
 「……ごめん、何も考えられない。今は…一緒にいてくれるだけでいい」
 「じゃあ、……俺のしたいようにして、構わないか?」
 「アレク…の?」
 クリスがかすかに身じろぎする。しばらくして、クリスが小さく頷く。

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