Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(136)

 黙々と匙を口に運ぶクリスの様子を見ていると、不意にその手を止めて、クリスがこう言った。
 「アレクは、食べないの?…じっと見ていられると、食べづらいんだけど」
 「食べない訳じゃないけど、…クリスがしゃべったり動いたりするのは、しばらく見られないんだなあ、と思うと」
 「…まだ、何時間か余裕はあると思うのだけど……何かあったの?」
 「それも、食べ終わったら、だ」
 ただ徒に、何もかも先延ばしにしているだけ、という自覚はある。先延ばしにしても、いずれ訪れる事態には変化はないのに。
 渋々ながら、匙を手にとって、シチューを掬う。何の肉を使っていようが、どんな味付けをされていようが、シチューはシチューだ。それ以上でも以下でもない。ただ、体の中に、熱を運んできてくれる食べ物である事だけは確かだ。
 「…特に変わった味がするようにも思えないんだが……とにかくこれが、クリスのうちの味、なんだな?」
 「そうだね。…うちだとこんな上等な肉は使わないけど」
 「まあ、ここにある材料で作れば、そうなるな」
 「……学院で使ってる食材も、かなり上等な部類だけどね。何しろ「王立」だから」
 「それは……気付かなかったな」
 「だから、アレクは、そういう自覚はないと思うけど、かなり口が奢ってるんだよ。ずっと学院のごはん食べて育ってるんだから」
 「耳が痛いな」
 「…で、うちにはそういう口の奢った育ちの人が一人いて、その人のためにいろいろ工夫した、って言うのがホントのとこらしい。村の…他の人のうちの料理は、こんなにハーブとか、調味料とか使っていない」
 アウレリス家の者なら、口が奢っているのも仕方ないか。…よほどの傍流でない限り。
 「へえ…よっぽど大事に思われてるんだな」
 「口が奢っているうえに、食が細いものだから献立にはいつも頭を悩ませてたよ。……そういえば、今、どうしてるんだろう?独りでおいてくるとは思わなかったんだけど」
 「気になるんだったら、訊けば?」
 「素直に答えてくれればね」
 そう言って、名残惜しげに椀の底を眺め、匙を脇に置く。
 「…お替わり、あるかな?…どうやら、しばらく食事は出してもらえなそうな気がするんで」
 「ご存分に。…とは言っても、限界はあるがな」
 「じゃあ、足りなかったら、アレクからもらおう。……直に」

 「そんなふくれっ面しなくても、名残を惜しむ時間くらいはあげるから」
 「私が怒ってるのは、そこじゃない。何で前連絡くれた時に、その事を報せてくれなかったの?」
 「だって、あの時点では、どこにいるかわからなかったんだもの。それにあまりたくさんの事を覚えさせられないでしょ、シルフでは」
 「それは…そうだけど」
 「それに、頼まれてる事は、きっちりと片付けるつもりよ?」
 テーブルのあっち側とこっち側で、そっくりな祖母と孫が睨み合っている。正確に言えば、睨んでいるのは孫の方だけで、祖母の方は涼しい顔で受け流している。……明らかに役者が違う。
 「それは…ありがたいけど…こんなとこで悠長にしてていいの?」
 「今のところ、危害は加えられてないみたいだからね。目的も判らないし。…それに、ここにいた方が、何かと情報は得易い」
 「…それで、連れてきたの?」
 「それだけが目的ってわけでもないけどね。そっちの方は、まあ、ついでだわね」
 「…感動の薄い対面だった、って聞いたけど」
 「自分の事を棚に上げるんじゃないよ。「反応がそっくりだ」ってあの人は苦笑いしてたよ。…まるで、うちの情操教育に何か欠陥があるみたいじゃないか。全く恥ずかしいったら」
 情操云々はともかく、教育内容には不備があるようだが。クリスがそれを指摘すると、それは母親の仕事だから自分は関係ない、と躱す。
 「まさか自分の父親の名前を教えられていないなんて思わなかったから、普段の会話でもそのあたりはぼかしてたのに。…ちゃんと名前を覚えてなかった、なんてことはないと思いたいけどね」
 「…名前で呼ばれた事が無い、っておっしゃっていました。そういえば」
 「……まさか、ねぇ……」
 …そうか。クリスが人の名前を覚えられないのは、遺伝か。
 「…アレク。何か言いたそうな顔だけど…言いたい事があるなら、口に出して構わないんだぞ?」
 「…えーと。…久しぶりの家族の団欒に水を差すようで申し訳ないんですが…おばあさまの方にそういった事情がおありで、こちらの方を早く片付けたいというのであれば、具体的な手順なり何なりをご教示願えませんでしょうか」
 二人の顔を等分に見てそう言うと、「それもそうか」と口をそろえてそう言う。
 「実際に取り掛かるのは、あとでもできるんですものねえ。先に打ち合わせしとくのも悪くないわよね」
 そう祖母が言えば、
 「そうだね。何事もぶっつけ本番は良くない」
 と孫が同調する。何かまずいことを口走ってしまったような気がする。

#日記広場:自作小説

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2009/12/19 11:15
あ・・・つづきだ^^



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