「契約の龍」(135)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/15 00:25:26
クリスが目を覚ましたのは、日が暮れてだいぶ経ってからだった。
「……どれくらい、寝てたかな?」
目をこすりながらクリスが言う。
「えーと…三時間くらい、かな」
「…そんなに?一時間で起こしてくれればいいのに」
「いろいろあってね。感動の薄い親子の対面、とか、「癒しの手」の実演とか」
「……そうだ、陛下は?」
ぼんやりしていた頭が、一気に覚めたような顔をする。
「何とか持ち直しているよ。ベッドから出られるくらいには」
「あまり…状況がよさそうに聞こえないんだけど」
「…詳しい事は、あとで。一刻を争う、という状況ではないから。ところで、空腹なはずだと思うんだけど」
暖炉の上で保温している鍋の方を指し示す。中身はシチューだが…
「…空腹は…空腹なんだけど、そういう気がかりなこと言われたら、咽喉を通らないじゃないかと思う」
「食べ終わったら、だいたいの状況は教える。詳しい事が知りたかったら、着替えてから、だな」
「着替え…?」
半身を起こしながら怪訝そうな声でそう言う。自分が着ている物の状態を目にして、
「…ああ、そういえば、アレクが何かしたんだっけ」
などとのたまう。ボタンをはずしたのは、クリス自身だが、その事は都合良く忘れてしまっているのだろうか?
「………それもある」
とりあえず、衿元のボタンを留めてやる。服の前をはだけたまま食事するのは、いろいろと危険だ。
「だが、クリスが回復次第、詳しい説明を聞きたい、と言っている。祖母君が。……寝てたせいで服が皺くちゃになってる」
「祖母なら、服の皺くらい気にしないと思うけど」
「服の皺は気にしなくても、服が破けてたら気にするだろう。場所が場所だし」
鍋の中をひと混ぜして、シチューを椀に盛る。同じく暖炉の上で保温されているパンと一緒にトレイに載せて、ベッドまで運ぶ。
「…んー?食器が二つあるのは……アレクの分?」
クリスがトレイの上から椀を取って、怪訝そうに言う。シチューが熱いので、ふうふう冷ましながら。
「…いやか?」
「ううん。そんなことない。…けど、どうして?」
「何がだ?」
「アレクは、ちゃんとした食事は、摂らなかったの?」
「……クリスの事が心配で、咽喉を通らなかった」
クリスの手が、匙を持ったまま中空て止まり、目を丸くしてこちらを見る。
「…というのは冗談だが」
「…アレク。冗談にしても、らしくない事言うから、びっくりした。お椀の方をひっくり返してたら、大変だぞ?」
「こぼさなかったからいいだろう。それに、クリスが心配なのは、本当なんだから。今の状態が、じゃないぞ」
「……アレクに心配かけるのは、悪いと思ってる。だけど」
「解ってる。心配するのは、こっちの勝手だ。…それ以上何か言うと、何するかわからないぞ」
クリスが口をつぐんで、匙で椀の中をかき混ぜる。
自分の言葉が、場の雰囲気を悪くしているのを自覚する。
「…悪い。食事がまずくなるな。せっかく久しぶりのふるさとの味なのに」
「…え?」
クリスが手にした匙を口に運ぶ。
「…ホントだ。ここでは手に入らないと思っていたのに」
「…何が手に入らないのか、は聞かないけど、ここにある材料だけで作ったはずだぞ。料理人は遠路はるばるだが」
「ば…祖母が?」
「…クリス。「ばあさま」だか「ばあちゃん」だか知らないが、わざわざ言い直す必要はないんだぞ?少なくとも、俺は気にしない」
「アレクには…そういう失言をやらかしそうな対象がいないし…いたとしても、これまでにそういう訓練をする場がいっぱいあったから、解らないんだ。…私が森を出て最初に思い知ったのはね、「頭に浮かんだ事をそのまま口に出すな」なんだよ」
「それは気の毒に。……もしかして、最初の頃、単語しか口にしなかったのは、そのせい?」
「…たぶんね」
「……今も?」
「相手に合わせて言い回しを変えるのは、もう、慣れた。…だから、今更、直せない」
「…だったら、今直せ、とは言わない。…こんな時に、クリスの機嫌を損ねたくないしな」
クリスが何か言いたげに目を上げ、…そのまま手元に目を落とす。
頭に思い浮かんだことを
そのまま口に出すな…
ずっしりきます・・・^^;