■近代文藝之研究｜研究｜自然主義の價値｜二　(12)

又は眞山青果氏の『家鴨飼』の主人公が巡査から立退の説諭を受けて、
「だとつて家鴨は私のものだ」
「誰も家鴨をお前のものでないたア云はんよ、會社は家鴨の背中へ柱は立てない」
と警官は噴出した。
皆ドツと笑つた。老爺は額越しにヂロリ皆の顔を見た。（中略）
「さ、仕事だ／＼」と源吉は下から上へ聲をかけた。工夫や人夫どもはドヤ／″＼と窪地へ降りて來た。
「待つて、待つて」と門左老爺は空を泳ぐやうな手附で、慌てゝ寢床を起つた。見ると顔色も青褪めて、眼も涙含んで居た。唇はブル／＼と顫えて居る。
「何んだ、まだ文句があるんか爺さん」と一人は鶴嘴を杖つきながら嘲つた。
「家鴨をしまつて………垣根も私が結つたのだ」とヨボ／＼と縁先を下りる。
「早くしねえ、背中に柱が立つよ」と皆を笑はせる。



--------------------
＊註１：又は眞山青果氏
「又」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mata.jpg
「青」の正字体。「月」は「円」。

＊註２：『家鴨飼』の主人公
「飼」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_kau.jpg
「公」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_ooyake.jpg

＊註３：巡査から立退の説諭
「巡」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「退」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「説」の旧字体。旁は「兌」。
「諭」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/yu_satosu.jpg

＊註４：お前のものでない
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

＊註５：會社は家鴨の背中へ
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。

＊註６：さ、仕事だ／＼
「／＼」は踊り字・くの字点。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/odoriji.jpg

＊註７：ドヤ／″＼と窪地へ
「／″＼」は踊り字・くの字点の濁点形。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/odoriji_dakuten.jpg

＊註８：寢床を起つた
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。

＊註９：顔色も青褪めて
「青」の正字体。「月」は「円」。

＊註10：眼も涙含んで
「涙」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/rui_namida.jpg

＊註11：まだ文句が
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg

＊註12：杖つきながら嘲つた
「嘲」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tyou_azakeru.jpg

＊註13：ヨボ／＼と縁先を下りる
「／＼」は踊り字・くの字点。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/odoriji.jpg
「縁」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/en.jpg
原本では「椽先」となっていたが、「縁」(旧字体)の誤植と思われるので改めた。

--------------------
■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html