以前書いた物語 いんこな日々-第14章-(前編)
- カテゴリ:小説/詩
- 2009/11/21 17:45:09
13章 さよならの向こう側
結婚が決まってからの日々 飼い主と彼氏さんは 準備で忙しく飛び回っていたようだ。
私達いんこ的には 二人の結婚準備の流れの中で 引越しが、一番の事件だった。住み慣れたアパートは 二人とセキセイ六羽とオカメ一羽には確かにちょっと窮屈だったから 結婚を前に私達は新しいアパートに引越したのだ。
引越し作業のドタバタと新しい環境とで 私以外のいんこ達は引越しの前後しばらく 緊張していたけど 私は一羽、このイベントを多いに楽しんでおった。
部屋の内装は明るく綺麗で 新婚さんにピッタリで とてもいいじゃない、参考になるわと私はウキウキした。さすがにいんこのまんまじゃ参考にしようがないじゃんとつっこみを自分で入れてちょっとしょぼくれたりはしたけども…。
引越して三日間 飼い主は 仕事を休んで 一人で荷物整理にあけくれた。彼氏さんは 仕事を口実にとんずらしたらしい。
「こういう時に仕事が忙しいって いい訳にしか聞こえないんだけどなー」
ブツブツ言いながらも 作業を進める飼い主は とても嬉しそうだった。この三日間 私は すごく幸せだった。他のいんこはまだ 環境になじめず 放鳥時間も尻ごみしていたが 私は邪魔されることもなく ノビノビと飼い主の肩にのって飼い主を独占出来て嬉しかったからだ。
部屋が綺麗に片付いた頃 彼氏さんが「仕事が落ち着いた」とノコノコ部屋に出入りし始め 他のいんこ達も慣れて調子が戻って元気に鳴き出し 飼い主もまた仕事に 結婚の準備にと飛び回りだした。
朝 飼い主と彼氏さんが大慌てで部屋を飛び出して行く。仕事
だったり 結婚式の準備だったり。
日中は いんこ達だけの時間だ。餌を食べて毛繕いをして昼寝
して また餌食べて 隣のかごに出かけてみたりして 日が落ちるとまたちょっと眠って 二人の帰りを待つ。
電気が点いて まぶしい光の中に飼い主が帰ってきたのを確認すると ノビをして また餌を食べて かごから出してもらう準備をする。しばらくして かごから出してもらったら、飼い主の肩争奪戦始めてさ そうこうしているうちに彼氏さんが帰ってくる。彼氏さんの相手を少ししてあげてるうちに 飼い主に呼ばれて かごに戻され 一日が終わるのだ。こうして 新しい日常が 徐々に構築されていった。
軌道にのった日常の時間の流れの中で 私はその日が近づいてくるのを感じていた。私はそれに向かって歩き始めた。夜 暗いかごの中で 私はふうっと深く息をついた。
二人の結婚式が終わるまで…結婚式さえ終ったら…。結婚を笑顔でつつがなく、終わって欲しかった。それは 祈りに近い私の想いであった。
そして 結婚式。朝 二人は仲良く 式場に出発した。
私は 部屋から出ていく二人を見送った。
二人が出て行ったドアをどれほど 眺めていたのだろう?
出来るものなら 二人がこの部屋に帰ってくるまで待っていたかった。でも もう限界だ、と私のからだは主張していた。グラリとからだが傾きそうになった。必死に私は かごの外に出た。ドタッ…力が入らない。しょうがないなぁ。そのままズルリズルリ這い始める。
「りょうちゃん、どうしたのっ!?」
異変を感じたのだろうか、セキセイのグリ子がかごにへばり付いて 私を呼んでいる。私はゆっくり顔を上げた。
グリ子も ちゅう坊も グレ子も 若い衆三羽も みんな私を見ていた。みんなの顔を目にしっかり焼きつける。素敵ないんこな時間をありがとう。
そして またズルズルと這って この部屋の隅っこの まだ新しい私のお気に入りの場所を目指した。ようやくの思いで壁際に着くと 私は壁紙をひっぺがし始めた。壁紙をはがすのがいけないことは 元人間だったから 重々承知していた。でもね。私はどうしても この部屋に自分の痕跡を刻んでおきたかったのだ。
今日 夫婦としてスタートする二人と 仲間のいんこ達といっしょにこの部屋で暮らしたかった。でも それは もう無理だから。せめて 私の存在を残したかったのだ。
ゴリゴリ…ビリッビリリッ。こんなもんかな。はぁ…疲れた。はがした壁紙に寄りそうにからだを横たえた。目が だんだん霞んできたみたい。
ありがとう、そして さようなら…
(つづく)
さよならがやってきてしまうのですね…淋しいです。
でも、タイトルにあるようにその向こう側にあるものを見届けたいと思います(^^)