第１０章　恋の架け橋（後編）

というわけで　私はちゅう坊に餌を腹一杯食べされた後、かごから連れ出した。
こんな状況で外に出たのが珍しかったのか　ちゅう坊はまわりをぐるりと見まわすと　ブワブワ羽を膨らませた。まずい、飛ばれてしまったら　飛べない私がとっ捕まえることが出来なくなってしまう。ので。間髪いれず　ちゅう坊のしっぽを思いっきり引っ張った。
「ぴゃあぁぁぁ～～」
気持ち悪そうにちゅう坊が鳴いたけど無視して
「こらっ！遊びに出てきたわけじゃないのよ！」
と一喝してそのまま　グリ子のかごの前まで引きずった。今度はグリ子のかごの扉を押し上げ　ちゅう坊に中に入るように促した。
「ちゅ、ちゅう坊…」
うづくまっていたグリ子が懸命に頭をもたげた。いつものでかい態度はすっかり消えうせて　素直に喜ぶその姿がはかなげで　とても可愛らしかったから　ちゅう坊のハートをぐっと掴んだのは間違いない。
男ってやっぱ単純…。
「起きないでいいから、僕が暖めてあげるから。」
そう言うと観念したのか　愛が芽生えたのか　私の知ったこっちゃないが　男らしくちゅう坊が、グリ子に寄り添った。
「ちゅう坊…」
「僕の吐き戻した餌なら　食べれる？」
グリ子は　恥ずかしそうにもじもじしながら　こくんとうなづいた。
かああぁぁぁ～～～っ！バラの花びらでも背景にぶっ散らかしたくなるような　べったべたなメロドラマが目の前で展開されては　見ているこっちが恥ずかしくなってくる。背中がかゆいっ！
だいたい。しつこく言うが　こんなに簡単に愛が芽生えるなら、グレ子にちょっかい出したり、グリ子が嫉妬にもだえ苦しむ前に　愛を芽生えさせるべきなのであって　ちゅう坊には後々　もう一度苦言を呈さねば　気持ちがおさまらん、と私はつくづく思った。　
とにかく　ちゅう坊に吐き戻し餌をもらって　食べ始めたグリ子の体調が　快方に向かってるのを確認して　私は自分のかごに戻った。
あとは勝手に二羽でいちゃついていれば？結局　二羽の恋のキューピット役をやらされちゃっただけじゃない？アホらしい。疲れたからふて寝よ、ふて寝。

飼い主が部屋に帰宅した音で　私は目が覚めた。
かごの前で　大きなクエスチョンマークを顔にくっつけて飼い主が座りこんでいた。
二羽はぴったりとくっついて　飼い主を見返しておった。
「なんでグリ子のかごに　ちゅう坊が入っているの？？」
しまった、ちゅう坊をいつものかごに連れ戻す作業を　すっかり忘れておったわい！でも　呆然としながらも　事態を飲み込もうとしている飼い主を横目で見てると　面白かった。
「あっ！」
と飼い主が叫んで　グリ子のかご前に一粒乾いたフンが落ちているのを発見した。ぬおっ！ありゃ　私のフンだよ、そうだ、グリ子のかごに入るのに勇気ふりしぼって　無意識でプリッと
やってしまったんだわさ。なんという失態！これまで　慎重にかご脱け秘密散歩してきた私のこれは　汚点としかいいとうのない失敗だわ！
「かご抜けして　さらにグリ子のかごに入ったってこと？ちゅう坊　すごいじゃない！」
ありゃ？？そうか　そっちに考えがいっちゃったか。フフフ、飼い主さんよ　あなたに真相がわかる日が来ることはないようだ、クスクス。

いつものように　放鳥時間が始まった。
すっかり盛り上った二羽も　バサバサと部屋の中を飛び回り始めた。
餌場にグリ子がやってきたとき　私は声をかけた。
「もう体調は大丈夫？」
「うん　ありがとう。今回はすっかり借りを作ってしまったようね。」
「そんなことはいいんだけど。今日は　オカメのグレ子に飼い主貸し切らせてあげて欲しいんだけど？ちゅう坊にもきつくくぎさしておくのよ、いいわね？」
「わかった。ちゅう坊は私からがっちり言っておく」
「元気出てきたら　やっぱり態度でかくなってきたようね、ま　安心したわ」
私はいつものお気に入りの場所で羽繕いを始めた。グリ子は餌を食べ終わると　ちゅう坊をがっちりとッ掴まえた。ちゅう坊の顔に一瞬　グリ子を選択した後悔のようなものが顔に浮かびかけたが　グリ子と私が二羽で睨みつけて黙らせた。もう観念するんだ、ちゅう坊よ。

飼い主の肩の上では　オカメのグレ子がいつまでも甘え続けていた。
「グレ子、随分甘えてくるねぇ、珍しくセキセイ達も　邪魔しにこないし、今日　みんな変よ？？？」
飼い主は首をひねりつつも　グレ子のほっぺをじっくりカキカキしてあげていた。失恋の痛手から立ち直るには　飼い主の愛情が一番のクスリだと思うよ、甘えるグレ子を遠く眺めながら、私は一羽うなずいた。気分は　「いっけん落着」と宣言する遠山の金さんのようにすがすがしかった。　

後日談。
「ちゅう坊　あんたのかご抜け　是非　私にも披露して」
とかごの前で飼い主が　何度もちゅう坊に懇願していたが、彼女の願いがかなうことはなかった。頼む相手違うんだってば！わっはっはっは！

（つづく）