生きるとは「2」
- カテゴリ:日記
- 2026/10/02 09:57:21
続いて発生した台風に、行く手をはまばれたばかりでなく、高波にさらわれて、船は無惨にも転覆してしまう。乗船していたほとんどの人たちは、助けを求める叫び声を発しながら、船もろとも海の底に沈んでいった。私を加えた五人が、海に投げ出されたが、とっさに流木にしがみつき、大きな波のうねりの中を、流されていった。しかし、一人、また一人と、耐えきれずに流木から手を離すと、波間にのまれ姿を消してゆく。ただ一人残された私は、疲労、空腹、脱水、底しれぬ恐怖心に耐えながら、流木にしがみついていた。
自分も、いずれは沈んでゆくのだろう。何故なら、流木を掴む手の力が弱まり、気力が徐々に薄まってきたからだ。だから、死ぬのは確実だと思った。
だが、そのように思った瞬間、私は、妙に冷静になった。肉体の疲労は、もうこれ以上は~~という限界に来ていたにもかかわらず、心が、急に軽くなった。そして、次のような思いが、私の心の中を、一気に駆け巡った。
死は、この世の終わりではない。それは、肉体という物質の終焉でしかない。更に突き詰めれば、あるところから、この世に命を授かり、この世に生き続けるが、肉体が滅びることにより、再び、あるところに、戻ってゆくのだ。その思いは、私から死への恐怖心を、少しづづ薄めていった。言い換えると、生きることの苦しみが、少しづづ和らいでいったのかもしれない。
私は、とある海岸に流れ着いた。幸運にも、その場所から、海を眺めていた若者によって発見された。
彼の話したところによると、私は5日間ほど、意識が戻らなかったという。言い方を変えると、生死の境を彷徨っていたということになるのだろう。
完全に死に至ったわけではなく、仮死状態だったのだ。だから、この5日間の体験は、真に不思議なものであった。この世から死後の世界を、ちらりと垣間見てきたのである。
そこは、過去、現在、そして、未来もなく、常に今だけのある時間のない世界だった。太陽のような明るさと温かさをもたらす天体がないのに、常に明るく常春のような過ごしやすさだった。あの世に舞い戻った命は、我々の肉眼では識別できない微小な粒子となって、楽しげに舞い踊っていた。しかし、舞う事ができずに、沈んでいる粒子も見受けられた。
その時、私は考えたのである。命がこの世へ渡ってくる理由は、修行のためであり、修行が足りなかったり罪を犯したりして戻った命が、あのように沈んでいるのではないだろうか。ただ、修行や罪の意味合いは、我々が理解しているのとは、かなり違っているように思う。ひよっとしたら、真逆かもしれない。
しかし、この点については、今の私から、正解を引き出すのは難しい。
今後、自分に残された人生をかけて、その意味を探求したいと考える。
私は、5日間の不思議な旅を終えて、この世に戻ってきた。つまり、眠りから覚めたのである。その時の様子は、この命が尽きるまで、忘れることなく覚えているだろう。
目を開けると、植物の皮から作られた、天井が見えた。左側に窓があり、光が差し込んでいる。背後には、富士山に似た高い山が、遠望できた。周りを見渡すと、細い木の枝を敷き詰めた、床の上に寝かされているようだ。
私は、心のなかで自問自答してみる。
「ここは、一体どこだろう。家の中のようだが。そして、じっと私の様子をうかがっているのは、誰だろう」
少しづつ意識を回復してゆく私に、傍で見守っていた青年が、話しかけてきた。
[きがついたか しんは゜いしないで わたし あなたともだち なまえYUUJIN]
たどたどしいが、ハッキリとした日本語だった。更に、彼は話し続けた。
[うみみていて あなたみつけた。ここにつれてきたが いつかかん ねていた]
そして、ここは、ボルネオ島のアピアぴという街であり、彼が日本語を話せるのは、日本商船が時々立ち寄る、陸続きのブルネイという町で働いていたことがあり、覚えたのだ、と話してくれた。
私の心と体が回復して、ほぼ元の状態に戻るのに、二年程度かかった。この間、ユージンには、本当に世話になった。町で小商いをして生計を立てているようだったが、特に金持ちというふうでもなかった。結婚はしていなかったが、恋人がいて、二人で私の体調を気遣ってくれた。
時々、キナバル山麓にある、ユージンの生まれ育った部落に連れて行ってくれた。そこには、両親兄弟を始め、親類縁者を含めた大家族が生活していた。私の回復途上の心と体は、愛に溢れた人達に囲まれて、目に見えて元気を取り戻していった。
また、ユージンは、私を密林の放浪の旅に連れ出してくれた。木の上に作っtreehouseを、渡り歩く小旅行である。熱対樹林の森は、一年中美味しい樹木の恵みがあり、食料に困らない。キナバル山は、火山である。そのために、山麓にはいくつもの温泉が湧き出ている。一風呂浴びては、木の上の小屋で昼寝する。その気分は、{最高だーー}
。極楽とは、まさにこのような境地なのかと、思ったものだ。
また、こんな事もあった。毛深くまん丸い目の人物が、完熟した果物を、私に差し出した。見ると、マンゴーと呼ばれる、果実である。日本で食べたことのある、柿や梨とは一味違った、風味である。舌がとろけるほど、実に美味しかった。
後で、事の顛末をユージンに話したら、多分それは、猿の仲間で一番知能の高い、オランウータンだろうという。その名前は、森の人を意味するのだと、教えてくれた。私は、その時に彼との間に生じた仲間意識を、忘れることができない。太古の昔何らかの理由でオランウータンと枝分かれして、別の流れにいる私だが、互いの垣根を取り払い、命という部分で響き合った瞬間ではなかったかと、考えている。
私は、その時から、人類にとって知能の発達とは、いかなる意味を持つかを、考えるようになった。それは、生きてゆくうえでの様々な文明の利器を生み出し、生活をより豊かなものにした。そして、明るい未来を、保証するかのように見える。しかし、見方を変えると、他の生命を凌駕し、自然環境を破壊し続けるための、自己保存自己防衛の武器という一面もある。
だとすれば、進化の果で我々人類を待ち受けているのは、他の生命がすべて消滅してしまった世界に生き残った人類が、自ら自らの命を攻め落とす、破滅である。
だから、オランウータンとの命の会話は、今後の自分の考え方生き方を正す、指針になるのではないかとの、予感がしたのである。
二年の歳月が流れた。私の心と体は、本来の状態に回復し、これからの人生を、前向きに考えることが、できるようになった。ある日、ユージンから、ベトナムのサイゴンへ向かう商船に、私が乗り込めるように話をつけてきた、と告げられた。{そろそろ日本に戻りたい}、という私の心中を、それとなく察してくれたようである。
いよいよアピアピを離れるという、最後の日のことは、いつまでも生涯忘れることはできないであろう。
ユージンと彼の仲間たちは、海岸近くの草地に建てられたログハウスで、送別の宴を開いてくれた。
庭にはジリジリと照りつける太陽の光を気持ちよさそうに浴びながら、ハイビスカスを始めとする様々な蘭の花が、紺碧の空を背景にして競い合うように咲いている。この風景も見納めかと思うと、底抜けに明るいその場の雰囲気とは裏腹に、私の心は、{これで別れるーーーーー}という、もの悲しい気持ちにみちていった。

























