小暑2026②
- カテゴリ:日記
- 2026/07/29 21:31:23
*「おわら風の盆」と風祭りの風習
農作物を守るために風を鎮めるための風祭りが全国各地に残っていますが、とくに有名なのが富山の越中八尾「おわら風の盆」。独特の風情が人気を呼び、小説や歌(※)にも数多く登場しています。
※小説は高橋治『風の盆恋歌』、渡辺淳一『愛の流刑地』、内田康夫『風の盆幻想』など。歌は石川さゆり『風の盆恋歌』などが有名です。
また、鎌が風の力を衰えさせると信じられていたため、屋根の上や軒先に鎌を取り付けたり、竹竿の先に鎌を付けて立てたりする風習もあります。
*越中八尾「おわら風の盆」
越中八尾「おわら風の盆」は、富山市八尾町で行われる風祭り。風を鎮める豊年祈願と盆踊りが融合し、娯楽のひとつとして愛しまれてきたお祭りで、300年以上の歴史があります。
坂の町・八尾の古い街並みに哀愁をおびた胡弓の音色が響き、「越中おわら節」にのせて編み笠をかぶった男女が踊り歩きます。踊り手の多くは、この地に生まれて幼い頃から鍛錬してきた10代後半から20代半ばまでの男女で、休憩時間に編み笠を脱いで寛ぐ姿は現代っ全国から観光客がやってきますが、目抜き通りの混雑を離れ狭い露地を歩いていると、どこからともなく胡弓の音色が聞こえてきて、その先で幻想的な情景に出会うことも……。観光客が踊りに加わることもできますが、主な行事の終了後、老若男女が自然に集い夜通し踊る様子がまたいいのです。頬を撫でる初秋の風も心地よく、実り多き年になりますようにと願わずにいられません。子そのものですが、踊りだせば指先ひとつにまで神経が行き届いた素晴らしさ。誰もが楽しめる「豊年踊り」、優雅な「女踊り」、勇壮な「男踊り」があり、男女ペアで艶やかに踊ることもあります。
全国から観光客がやってきますが、目抜き通りの混雑を離れ狭い露地を歩いていると、どこからともなく胡弓の音色が聞こえてきて、その先で幻想的な情景に出会うことも……。観光客が踊りに加わることもできますが、主な行事の終了後、老若男女が自然に集い夜通し踊る様子がまたいいのです。頬を撫でる初秋の風も心地よく、実り多き年になりますようにと願わずにいられません。
▼2018年「防災の日」に考えたい!住まいの防災意識
9月1日は「防災の日」、そして9月1日から1週間が「防災週間」。ここでは防災の日の由来から、防災について意識すべきポイント、課題などについて考えていきます。我が国に住む以上、私たちは災害のリスクと隣り合わせ。常に意識しておくことが大切です。
*9月1日は「防災の日」
住まいの取得にあたって「災害対策」は不可欠で最も重要なテーマです。なぜなら、私たちは我が国のどこに住んでいても災害に遭うリスクがあるからです。そこで今回の記事では、9月1日の「防災の日」に関連して、住まいと暮らしの災害対策、特に「心構え」を中心に考えていきたいと思います。大地震など大きな災害はいつ発生するのか分かりませんが、住まいや暮らしについての心構えがあることで被害の広がりを食い止め、復興のスピードを高めることができるはずです。
*「防災の日」の由来とは?
まずは、「防災の日」について確認しておきましょう。「台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、それらの災害に対処する心構えを準備する」ため、国により1960年(昭和35年)に制定されました。1982年(同57年)からは9月1日を含む1週間が「防災週間」と定められています。
由来となったのは1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災です。東京都を中心に千葉県や神奈川県、茨城県、静岡県など広域に被害が広がった地震災害でした。10万人超の死者・行方不明者を出し、37万棟超の住宅が被害に遭ったといわれています。
2011年3月に発生した東日本大震災では、死者・行方不明者が約1万8000人、建物の全壊・半壊が約4万棟でしたから、比べてみるとその被害の大きさが分かります。関東大震災当時は、住宅の多くが木造でしたから被害が大きくなったのです。
*災害の拡大抑止に効果が大きい防災の心構え
関東大震災以降、様々な大規模災害が発生しましたが、その度に我が国は被害を乗り越えてきました。それには「防災の日」の制定以降はもちろん、それ以前から人々の中に確実に養われてきた災害への備えや意識が作用したのだと思われます。
ちなみに、関東大震災の被害を広げる要因となった火災については、明治時代や江戸時代以前より人々は高い危機意識をもっていました。例えば、江戸時代には火災の火元になった家には、死罪を含む大変な罰が課せられていたといいます。
関東大震災を含むかつての住宅や建物は、技術や素材の発達が不十分だったなどの問題から十分な火災対策ができませんでしたから、「火災を起こすことは罪」という意識、心構えを徹底することで災害の広がりを防ごうとしていたわけです。そして、そのような意識付けは現代にも受け継がれ、災害の広がりを抑える効果をもたらしています。
原発事故を伴った東日本大震災の混乱でも一定の秩序が保たれたことにもつながっているはずです(色々な見解はありますが)。あの当時、世界からその様子が賞賛されましたが、助け合いの精神を持てたのは、私たちの中に一定の防災の心構えがあるからです。つまり、このことからいえることは、防災の「心構え」は大変重要であるということです。
*阪神淡路大震災以降大きく進化したハード面の対策
もちろん、心構えだけでは災害を防ぐことはできません。ですから、住まい1軒1軒、建物1棟1棟における災害対策が重要になるわけです。ここで、住まいづくりにおけるハードの部分について簡単にまとめておきます。現在、大きく三つの技術が存在します。
【耐震技術】
地震の揺れの力を受け止め、建物が全半壊しにくくする技術
【免震技術】
地震の揺れの力を建物に伝えづらくし、建物の揺れを軽減する技術
【制震技術】
地震の揺れの力を軽減し、建物のダメージを少なくする技術
これらの技術は1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神淡路大震災以降、格段に進歩しました。この他に火災対策も進化。最近では、外壁材などの性能強化といった耐火構造により、木造住宅でも火災対策がずいぶんと高まってきています。
また、太陽光発電や家庭用蓄電池などによる停電対策となるシステムもずいぶんと普及してきました。これは、東日本大震災での停電、さらには計画停電で不自由な生活を強いられたことが反映されたものです。このようなハード面については、詳しくは「災害時に身を守ってくれる住まい『防災住宅』最新事情」をぜひご覧ください。


























