小暑について⑥
- カテゴリ:日記
- 2026/07/07 10:31:03
▼和暦コラム|土用の鰻
土用の期間に入りました。土用は立春、立夏、立秋、立冬の前18日間をさします。土用はそれぞれの季節の変わり目を意味し、土の氣が盛んになるとされています。土は季節の循環と促進を司るという、陰陽五行に基づいた考え方です。井戸を掘ってはいけないなどの言い伝えもあり、季節の変わり目にムリをせず、養生することを教えていたようです。今は夏の土用だけが認識されていますが、本来は各季節にあります。江戸時代は、うどん、梅干し、瓜など、うのつくものを食べるとされていましたが、鰻を食べることが定着したのは、夏に売れない鰻屋に頼まれた平賀源内のアイデアだとされています。本来、鰻の脂が乗るのは冬で、夏が旬ではなかったのですが、ビタミン豊富な鰻が夏バテ防止に最適な食べ物としてすっかり定着しています。やがて蒲焼きは「江戸前」を代表する高級料理になり、平賀源内より30年後に生まれた山東京伝は「蒲焼店の芬々(ふんぷん)たるにハ観音の鼻も襲ふべし」と、人々の食欲をたまらなくそそった香りを、なんともユーモラスに描いています。都内には今でも多くの鰻屋さんがあり、江戸の名残りを伝えていますし、元々、鰻はハレの日の食べ物だったのです。スーパーなどに大量に出回るようになったのは30年ほど前から。そのままでは美味しくない鰻を薄く開き、蒸したり、上手に火入れをすることでふっくらと仕上げる技術は、長い伝統の中で育まれた見事な技ですが、産卵に向かう親ウナギがこれ以上少なくなることを懸念して、天然ウナギを使わない決断をした鰻屋さんもあるようです。鰻登りという言葉は、鰻を手でつかまえようとすると、するりするりと抜けて、上へ上へと登ろうとする様子からきています。鰻の価格もどんどん上がっていますが、鰻の稚魚を乱獲し、大量生産、大量消費しようとする人間の思惑は、間違っていたのです。鰻は高級なものであり、昔のように特別な日の大切な食べ物になることが、鰻を守ることになるのかもしれません。そうでなければ、本当に絶滅する日がやってくるでしょう。ところで、江戸時代の料理本『豆腐百珍』には、すでに鰻もどきが掲載されています。水切りした豆腐に山芋と小麦粉を混ぜ、海苔の上に塗って油で揚げます。それをタレの煮汁につけて焼くと出来上がり。海苔がちょうど鰻の黒い皮のようになります。昔の人も、鰻を食べるかわりにいろいろ工夫していたようです。暦生活「和暦コラム by 高月美樹」より
▼二十四節気とは
太陽が1年でひとまわりする道を「黄道」といいます。二十四節気は、太陽が真東から昇り、真西に沈む「春分」を起点に、黄道を24等分したもの。1年を約15日ごとに区切り、「立春」をスタートに、「雨水」「啓蟄」「穀雨」など、刻々と変化する自然を漢字2文字で表現しています。春夏秋冬の区切りを意識させてくれる言葉として、時候の挨拶や手紙の書き出しにも使われます。
▼七十二候とは
二十四節気をさらに3つに分け、約5日ごとに名前をつけたもの。七十二候は、もともと古代中国で生まれたものといわれています。やがて日本に渡り、江戸時代の暦学者が、日本の気候に合わせて改訂しました。気候は地域やその年によって違いますが、四季の風情を楽しむ目安になってくれることでしょう。
監修・協力 高月美樹 たかつきみき●和暦研究家。婦人画報付録のダイアリーの暦全般と月の満ち欠けを監修。旧暦手帳『和暦日々是好日』を毎年制作・発行し、日本古来の知恵や美意識を生かした暮らしを提案。 LUNAWORKS主宰。 桂 裕子かつらゆうこ●茶道裏千家正教授。季語と季節の銘を監修。東京・大田区にて茶道教室を主宰。小学館『にっぽんの図鑑』でも「ちゃのゆのこころ」部分などを監修。TVCM監修、ベラルーシをはじめ国外数カ国での茶道講習、紹介も行う。〇選りすぐりの記事を毎週お届け。


























