石井ゆかりさんの射手座その1
- カテゴリ:占い
- 2026/06/07 10:25:17
サークル活動用日記です。
諸事情により6/14の夜に削除する限定公開日記になります。
感想などは↓に記載してくださったら嬉しいな。
https://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=338324&aid=74920426
石井ゆかりさんの書かれた星座の本より抜粋しました。
ご興味あればすみれ書房から発売されている「射手座」って本を買ってください✨ていう宣伝記事ですwww
★基本性格★
射手座の世界は、大きく開かれています。
外側に、遠い世界に向かって、ばーんとドアを開け放つように開かれていて、その内側にいる住人は自由に、中と外を行き来しています。時には外に出掛けたまま放浪を続けて、旅そのものを住処とする人も少なくありません。
射手座の前段階である天秤座と蠍座の世界は「自分と、他者」の世界です。
人間関係は一対一を基本的な単位としていて直線的です。向き合った「他者」に対してだけはドアが開かれますが、その外側の世界に対しては閉じられています。一方、射手座の世界は「広い世界、多くの人が住む場所」と「自分」との出会いです。つまり「一対多」「一対世界」のような構造になっているのです。
射手座の人は、目前に広がっている、見知らぬ人々の世界に、ふと、入り込みます。自分とは違う文化や価値観の広がりの中に自分を置き、そこでそれらの中に潜む普遍的な「いつも変わらない大切なもの」を見抜こうとするのです。
射手座の人は、オープンマインドで、フランクで、ものにこだわらないおおらかさと帰り道を考えずにどこまでも遠く出かけていく大いなる楽観とを備えています。天空に翼を拡げてどこまでもゆく白鳥のような、海原に真っ白な帆を拡げて見知らぬ国に向かう帆船のような、そんな生き方をする人々です。
勇敢で、好奇心に富み、時には危険を愛します。
「この先危険、立ち入り禁止」という立て札ほど、射手座の心を湧き立たせ惹きつけるものはありません。射手座の人の行く手を阻みたければ「この先にあるのは、とてもありふれた、間違いなく安全なものです。どうぞ入ってください。」と書いておくべきです。
見知らぬもの、見知らぬ場所、見知らぬ人。
これらのものは、他の人なら恐怖の的となります。でも、射手座の人にとっては、まるで世界中が自分の「仲間」のように感じられています。ですから、それらに近寄っていき、無邪気に接し、多くの場合、その対象が持っている本来の美しさや価値を自然に引き出してしまうのです。
射手座の人がそうしたオープンな態度をとるのは、単に人なつっこいからとか、無邪気だからという理由ではありません。
射手座の人のオープンさには、別の根拠があるのです。
天秤座は「他者との関わり」を、蠍座は「他者との融合の試み」を扱う世界です。自分と他者とは、大きくことなっています。価値観もバックグラウンドもまったく違うもの同士が出会い、そこで苦闘し、煩闘し、人と接することの困難さと価値を、この2星座はあくまで個別具体的に扱い抜きます。
そのプロセスを経た後にくる射手座の世界では「人と人」「人と世界とが出会ったときに大切なこと」「人間にとって本当に大切なこと」などが、普遍的に蒸留されて、捉えなおされます。これが射手座の「哲学」なのです。
人と人が出会ってそこに生まれる感動や、出会わなければ生まれようもない好機というものを、射手座の人はよく知っています。
天秤座と蠍座の世界に満ちている「他者との違いを整合させる葛藤」が、射手座の世界ではすでに、乗り越えられています。
お互いは違っていていいのです。違いは一致させるべきものではなく、楽しんだり面白がったり、時には商材となったりするものです。違いの向こう側には、普遍的な同一性があります。違いを乗り越えたところにある普遍的真理。射手座の人はその真理を深く愛しています。
ですから、射手座の人はけして「不用心に軽々しい気持ちで門戸を開いている」のではありません。そのオープンさには、ある種の凄みと覚悟があります。もし、この開かれた扉を愚弄する者や、それを利用して悪を働こうとする者があれば、射手座は激しい怒りを発して、徹底的に痛烈に攻撃し、一気に殲滅してしまうのです。
射手座の人は、既成概念の中からものを見る、ということがありません。他の人が「これはこういうものだ」と考えている枠組みを易々と飛び越えて、まるで子どものように純粋な目で物事を真正面から見つめます。「少女漫画は女の子の読むものだから」とか「おもちゃは子どものためのものだから」とか、そうした社会的な定義に囚われることなく、男性でも少女漫画を堂々と購入したり、大人になってもおもちゃ遊びに没入したりすることができます。
これは誰もが知っているはずのものを改めて「〇〇とはなにか?」とゼロから考え始めることのできる、哲学的精神に根ざした態度です。
射手座は、旅と哲学の星座です。
「哲学」は、物事をむずかしくややこしく考えること、と思われがちです。
ですが、「哲学」は本当は、物事の周りにゴチャゴチャとまつわりついて本質を見えなくしているものをはぎとろうとする行為なのです。
「哲学」とは「フィロソフィー」の訳語です。この「フィロソフィー」は「愛」と「知」を結び付けた言葉です。知を愛する態度が「哲学」です。この「知」は「情報」ではありません。射手座の目指す知は、物知り博士の知ではなく、すべての人の心が持つ、普遍的な真実に関する知です。そうした知を、射手座の人は文字通り深く愛しています。
旅することも、深く考えることも「世界という未知のフィールドに向かって冒険していく」ことにかわりはありません。探求心と、探求していった彼方に必ず、「理解可能な、わかりあえるものがあるだろう」という聖なる楽観が、射手座の人生を支えています。知が旅に誘い、旅が知を鍛え上げていきます。遠い場所に住む、まったく違った習俗を持つ人々と、心の奥底で分かり合うことが、射手座の願いです。
自己肯定感に富み、好き嫌いははっきりしていて、自分の求めるところにとても忠実です。「どうしたいか」「何がしたいか」は明確に心に定まっていて、それをごまかしたり隠したりすることはほとんどありません。
自分の心に忠実に行動し、単に自分をよく見せるための嘘をついたりすることもありません。
とはいえ、自分が求めるものを手に入れようとしたときは、手段を選ばない徹底した闘士となります。複雑な策を巡らすこともありますし、高等戦術も惜しみなく活用します。粘り強く狙いを定めて待つこともできますし、機を捉えて一気に急襲する勇敢さも持っています。
射手座の世界には、何も彼らを縛るものはありません。
「ムーミン」に登場するスナフキンは、射手座の特徴を見事に描き出しています。
彼の父親であるヨクサルもまた、根っからの射手座気質の持ち主です。
生きることをそのままに愛し、音楽を愛し、冒険を愛し、空の星と海を愛する彼らは、何に囚われることもなく、世界と自分を楽観的に関わらせて心から充足できる冒険者です。
























