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気象記念日

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おみくじ

こんにちは!西日本は次第に雨の範囲が広がり、

夜は九州南部で局地的に激しく降る。
東日本から北日本は晴れて、季節先取りの暑さ。
沖縄は雨。

【気象記念日】 きしょうきねんび Meteorological Memorial Day

☆気象庁は、気象記念日について、
 「明治8年(1875年)6月1日に、
 東京気象台において業務を開始したことを記念して、
 昭和17年(1942年)に制定された」と説明しています。

 2026年は、第151回気象記念日です。

 ここで大事なのは「気象記念日」は、
 単に天気予報が始まった日だけを指していないという点です。
 
 元々は、近代的な気象観測が日本で始まった日です。

 ■東京気象台 さん

 1975年6月1日に東京都港区(葵町)で開設されまして、
 イギリス人測量技師のヘンリー・B・ジョイネルさんの建議により、
 地震観測と気象観測が始まりました。

 又、6月5日から1日3回の気象観測を開始して、
 後に中央気象台さんから気象庁さんへと発展し、
 日本の気象業務の中心機関の基礎となりました。

 この開始日を記念して、6月1日が「気象記念日」となりました。

 ◇ヘンリー・B・ジョイネル(Henry・B・Joyner) さん

  明治初期に来日したイギリス人測量技師で、
  日本の気象観測の事実上の創始者とされる人物です。

  来日されたのは、明治3年(1870年)で、
  来日の目的は京浜間鉄道(新橋~横浜)の建設の為、招聘されました。

  後に工部省測量司の「測量助師」として勤務しました。

  日本政府に気象観測の必要性を建議しまして、
  1875年に東京気象台さん(現:気象庁さんの前身)で、
  気象観測を開始させた人物です。

  ▲ヘンリー・B・ジョイネルさんが重要な理由

   ▽日本の近代気象観測の起点をつくった

    1875年6月1日、ヘンリー・B・ジョイネルさんの提案により、
    東京の溜池葵町(現:東京都港区虎ノ門)で、
    地震観測と1日3回の気象観測が開始されまして、
    これが中央気象台さんから気象庁さんへと続く、
    日本の気象業務の出発点になりました。

   ▼測量技師でありながら、気象観測を提案した異色の人物

    本来の専門は鉄道や測量であり、気象学者ではありませんでしたが、
    日本の気候の重要性を理解しまして、
    政府に正式に観測体系の整備を提案した、最初の外国人技師です。

   ▽日本の気象観測150年の原点として評価される

    2025年の報道でも、
    「日本で気象観測の必要性を説き、
    観測業務を始めたのは英国人測量士ジョイネル」と、
    明確に位置付けられています。
 
 ■近代的な気象観測

 東京気象台さんの創設は、日本が欧州式の近代気象額を導入した瞬間でした。

 ◇欧州式の観測手法の導入
 
  ドイツ人気象学者E・クニッピングさんが指導しまして、
  全国の観測地を同時刻に集めて解析する方式を導入します。

  ▲エルヴィン・クニッピング(Erwin Knipping) さん
   
   1883年二日本で初めて天気図を作成しまして、
   初の天気予報と暴風警報を実施した人物です。

   1844年4月27日、プロイセン王国クレーヴェ生まれで、
   1922年11月22日にお亡くなりになりました。

   *プロイセン王国クレーヴェ:現:ドイツ

   来日は1871年(明治4年)で、
   航海士から開成学校教師、内務省のお雇い外国人を経て、
   東京気象台さんの技師としてご活躍されました。

   専門は気象学です。

   正式教育ではありませんが、航海士として気象観測に熟達しています。

   ▽日本初の天気図を作成(1883年2月16日)

    全国から気象情報を集めまして、
    日本で初めての天気図を東京気象台さんで作成しました。

   ▼日本初の暴風警報を発表(1883年5月26日)

    天気図を基に、日本最初の暴風警報を発令しました。

   ▽日本初の天気予報を実施(1884年6月1日)

    日本初の定時天気予報(1日3回)を開始しました。

   ▼気圧単位の統一を提唱

    当時バラバラだった気圧単位(水銀柱インチ)を、
    水銀柱mmに統一するように提案しました。

   E・クニッピングさんは、航海士としての経験から強い関心を持ちまして、
   独学で天気図解析を習得していました。

   そして、日本の気象観測網の整備に尽力しまして、
   全国の測候所を巡回して、観測体制を構築します。
  
   又、帰国時には日本政府から勲三等瑞宝章を授与されました。

 ◇電信データ収集

  各地の気象データを電信で東京に集約しまして、迅速に解析されました。

  これにより、日本初の天気図(1883年2月16日)が作成されました。

 ◆科学的な計器観測

  気温や気圧、風向き、雨量等を計器で定量的に測定しまして、
  露場での観測から、後にアメダス・レーダーや衛生へと発展しました。

 ◇天気予報の開始

  1884年6月1日、日本初の天気予報を発表しまして、
  「全国一般 風ノ向キハ定リナシ・・・」と簡潔な予報でした。

<概要>

〇気象記念日

@出発点

 「全国一般風の向きは定まりなし、天気は変り易し、但し雨天勝ち」

 これが1884年(明治17年)6月1日に日本で初めて発表された、
 天気予報の全文です。

 現代の予報と比べますと、驚く程、曖昧ですが、
 この一文が観測や分析、発表という気象業務の歴史の出発点です。

@人々の目に触れる

 当時の予報は全国を一括(ひとくく)りにした一文のみで、
 それでも、科学的な観測データを基に、
 未来の天気を予測して公表するという行為は、
 当時の日本にとって画期的なものでした。

 予報文は東京市内の派出所等に掲示されまして、人々の目に触れました。

問題 気象業務は着実に発展しまして、
   1956年(昭和31年)には「気象庁」として、
   運輸省さん(現:国土交通省)の外局となりましたが、
   気象に関してですが、次の文章の???に入る地名を教えてください。

   〇気象庁 さん

   毎年6月1日の気象記念日に記念式典を実施していまして、
   気象業務の歩みと先人達の功績を振り返る機械としています。

   2025年には気象業務から150年目の節目を迎えました。

   衛星観測やスーパーコンピューターを駆使した現代の高精度な予報は、
   ???の小さな気象台で始まった、
   あの曖昧な一文から積み上げられた技術と知識の集積です。

   観測機器も予報手法も様変わりしましたが、
   転機という自然の営みに向き合い、人々の暮らしを守ろうとする姿勢は、
   150年前から今も変わっていません。

1、赤坂

2、青山

3、渋谷

ヒント・・・〇???に選ばれた理由

      政治中枢である内務省や工部省に近い立地であり、
      1875年の創設時、気象観測は国家事業として始まった為、
      中央官庁に近い場所が望まれていました。

      当時の〇〇・溜池周辺は現在程都市化していなかった為、
      露場(観測空間)を確保しやすかったからです。

お分かりの方は数字もしくは???に入る地名をよろしくお願いします。










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