楽しい「寄り道」
- カテゴリ:日記
- 2026/05/31 11:13:48
春の終わりだった。
夕方まで海を見て、帰り道をのんびり走っていた。
窓を少し開けると風が気持ちよくて、ラジオからは懐かしい曲が流れている。
助手席の彼女は、
「食べすぎた〜」
と笑ったあと、シートを倒して眠ってしまった。
穏やかな一日だった。
運転手も機嫌がよく、赤信号で止まるたびに彼女の寝顔をちらりと見ていた。
日が暮れ始めた頃だった。
「次、右」
彼女が言った。
目は閉じたまま。
寝言かなと思ったが、妙にはっきりしていた。
「その先、左」
運転手は少し笑う。
「夢の中で運転してるのか」
返事はない。
彼女は眠ったままだ。
だが次の交差点でまた、
「まっすぐ」
と言う。
不思議だった。
けれど、なぜか従ってしまう。
気づくと見知らぬ道だった。
街灯は減り、人家もなくなる。
ラジオには雑音が混じり始めた。
「あと少し」
彼女が言う。
初めて聞く言葉だった。
そして車は、崖の手前で止まった。
運転手は急ブレーキを踏んだ。
ライトの先には何もない。
あと数メートル進んでいたら落ちていた。
心臓が激しく鳴る。
慌てて彼女を起こした。
「おい!」
彼女は目を覚まし、
「着いた?」
と眠そうに笑った。
事情を話すと、
「え、私ずっと寝てたよ」
と首をかしげる。
嘘をついているようには見えない。
運転手は黙って車をUターンさせた。
帰ろう。
そう思った。
その時、彼女がフロントガラスの外を見て固まった。
「ねえ……」
声が震えている。
「どうした?」
彼女は崖の下を指差した。
「なんで……」
「なんであそこに、私たちの車が落ちてるの?」
二人とも、その後しばらく動けなかった。
崖の下には、
フロントガラスの割れた同じ車があり、
運転席と助手席には、
こちらを見上げる二人が座っていた。



























