湿気対策について㉑
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- 2026/05/15 12:23:32
*水の質を問う
洗顔のときの水の質も、問題にされてきました。『欧米最新美容法』(東京美容院編 1908年 明治41)では、化粧の準備は、顔を洗うことから始まる、といっています。そして熱湯で洗うと気持ちがいいが、皮膚の弾力が失われ皺が早く寄るので、熱湯を使うなら蒸浴にせよ、洗顔には微温湯を用いるように、と勧めています。
『化粧美学』(三須裕著 都新聞出版部 1924年 大正13)には、洗顔と同様、入浴にも軟水を使え、とあります。水の中では一番軟らかい雨水がよい、とも書かれています。水道水でも構わないが、井戸水のような硬水はカルシウム塩を含み、肌がざらざらするしカチカチに乾燥するので、浴槽にひとつかみの炭酸ナトリウムを入れて軟水にするように、と勧めています。軟水を勧める記述は、1911年(明治44)の『あわせ鏡』(藤波芙蓉著 実業之日本社)にも見ることができます。
硬水は肌につけるとスッとするので、用い方によっては重宝がられたこともありますが、やはり肌には軟水がいいとされています。
*寒中の雪は清潔水(きよきみず)
寒中の雪という言葉が『都風俗化粧(けわい)伝』(全三巻佐山半七丸著 速水春暁斎画 1813年 文化10)に見られます。寒の中にとった雪を壺に入れ、蓋をしておくと、雪が融けて「清潔水」になるというのです。
この水で白粉を溶くと、夏になってもよく光沢が出て、色白になるし、汗疹(あせも)や湿疹にも効くといっているのみならず、寒中の雪水を笹の葉に注いで四方に振れば、蚊や蠅も退治できるし、調理に使えば煮物も傷みにくくなると、手放しで礼賛しています。これは雑菌の少ない雪からできた水を、質の良い水として評価していて、興味深い記述です。
当時の白粉は「生白粉」「はふに」「京白粉」などと呼ばれる鉛白粉と、「はらや」「伊勢白粉」「軽粉」などといわれた水銀白粉です。鉛白粉は、鉛を酢で蒸し、水にさらしてつくりました。細かい上質なものを生白粉、その次を舞台香、一番粗いものを唐土といって、安白粉と呼ばれるのはこの唐土を指します。
水でよく溶いた白粉を肌に塗り、上から美濃紙などの和紙を載せて、水を含ませた刷毛で掃くと、粉浮きせずにきれいに仕上がります。下地には鬢付け油を塗りました。小鼻の廻りなどには、鬢付け油を丁寧に塗り込んでから白粉を塗ると、汗で流れず化粧崩れがしにくいのです。鬢付け油は、生蝋を植物油で練って香料を混ぜてつくります。油といっても固形で、体温で柔らかくなるタイプの脂です。歌舞伎役者さんは、鉛白粉こそ使っていませんが、今でも鬢付け油を下地に使って化粧しています。
江戸時代の洗顔などには、糠袋で優しくこすって落としていました。木綿で袋を縫って中に糠を詰め、桶に溜めた湯の中でもみ出して、糠の成分がにじみ出た袋で肌をこすって使います。化粧落としと同時に、クリームの役割も果たしていました。糠袋を使うと、肌がしっとりとして大変いい具合になります。江戸時代に庶民にも化粧が普及したとはいえ、特別の日以外はあまり白粉はつけませんでした。
*肌に目覚めた明治
鉛や水銀でつくられる白粉は、日本では明治時代まで続きました。どちらも身体に害があるといって、徐々に製造中止になっていきます。
維新直後の鹿鳴館時代には、西洋からきた高級化粧品が、富裕層にもてはやされました。洋行帰りのおみやげとして、日本に持ち込まれたそれらの化粧品、化粧法が、洋装と相乗効果となって急速に普及していきます。
近代になると、化粧への意識が目覚ましくなり、想像以上に美の追求が進んでいたことに驚かされます。白粉、紅のいわゆる修正化粧が中心だった時代から、肌に目覚めていったのも明治末ごろのことで、肌への注目は、皆さんが想像されるよりも早い時期から始まっているのです。
1905年(明治38)には、美顔術という言葉が登場しました。有名なのは遠藤波津子さんが始められたもので、銀座に我が国初の美顔術を提唱する「理容館」を開業しています。もちろん、こうしたサロンに通えるのは、富裕層に限られていて、一般市民にまで普及するのは高度経済成長を待たなくてはなりません。
当研究所で、明治末年に生まれた方の初化粧のアンケート調査をしたことがあります。実際に経験したのは大正時代ですが、お母さまから明治のことも聞いておられるので、近代の化粧意識を探るには参考になる内容です。
意外なことに、化粧は女性のたしなみ、身だしなみとして行なっていた方だけでなく、あまり化粧はしないという方もいました。当時でさえ、生まれた階層や背景で、化粧への思いも違っていたということがわかります。
*気持ちのリフレッシュは、男性にも有効
化粧というと狭義の化粧、白粉、紅を連想しますが、本来化粧はけわいと呼ばれ、身だしなみや足運びに至るまでの全般を指していましたから、女性だけの専売特許ではなかったはずです。平安時代には貴族階級の男性も化粧をしましたし、江戸時代でも男子の公家などはお歯黒や眉化粧をしていましたから、時代によってはメイキャップも女性だけのものではなかったのです。
現代でも、男性エステを一度体験されると、その心地よさでリピーターになるという話を聞きます。ただ皮脂は男性ホルモンの働きによって分泌されるため、閉経後の女性の場合と違って、男性では一気に皮脂分泌量が落ちることはありません。
また、紫外線などの外部からの刺激をブロックすることは、男女を問わず肌の老化防止に必要なことですし、マッサージで血液の循環をよくすると気持ちがリフレッシュしますから、男性もスキンケアにもっと関心を持っていいと思います。
*これからの化粧品
皆さんが化粧品を買うときには、どこに行かれるでしょうか。デパートに行って高級品を買えば、販売員が個別対応してくれて、中には自分の肌色に合わせてカスタムメイドのファンデーションをつくってくれるところもあります。
片やスーパー、コンビニエンスストアでは、気軽に自分で選ぶことができます。通信販売も盛んですね。このように、消費者の選択肢は、かつてないほど広がっています。また、女性誌やインターネットでは、溢れんばかりの情報が提供されていて、消費者の持つ化粧品の知識はプロ顔負けです。
好みや肌環境がそれぞれ多様化していく中、化粧法や化粧品が変わっても、みずみずしい肌を保ちたいと願う気持ちや、装うことの華やぎは、人が社会の中で生きる限り変わることがないと思います。



























