湿気対策について⑱
- カテゴリ:日記
- 2026/05/15 12:16:04
吸湿性の低いナイロンやポリエステルの衣服を、蒸し暑い時期に普段の生活で着ていたら、べたべたと肌にまとわりついて我慢できないほど不快に感じるでしょう。ところが特殊な吸水加工をしたポリエステルは、汗を保持せずにうまく放散させる優れた素材として広く利用されるようになりました。最近のサッカーユニフォームが化学繊維になっているのには、こうした理由があります。生理的にかいた汗を、衣服が積極的に放熱させるような加工法を開発して、素材の可能性を高めているのです。
汗が出てくる汗腺(能動汗腺)は、生後2歳半までに数が決定します。ですから暑い地域に生まれ育った人は、寒冷地の人より汗腺がたくさんあります。こうした意味からも、空調による気温、湿度のコントロールに代表される人工環境は、人間の生理的能力にも、大きな影響を及ぼしつつあるということができるでしょう。
*蒸し暑さに対する対処の仕方=文化
現在の市販衣服の布地は、厚さを調整することで、気候に対処するようになっています。しかし日本の伝統的衣服を調べると、布地の厚さではなく通気性のある無しによって、季節に対処していたことがわかります。着物の形は一年を通じて同じですから、布地の織り方、重ね着、綿入れなどによって調整する知恵がありました。私はこうした対処の仕方こそ、「文化」と呼べるものだと思います。
上布《じょうふ》(苧麻《からむし》)、絽《ろ》や紗《しゃ》(絹)は糸間の隙間が大きく、通気性、透湿性に富み、吸湿、吸水性、乾燥性に優れており、張りがあるため肌にまとわりつかないという、高温多湿の日本の夏の風土にぴったりな織り地です。木綿が入ってくるまでは、韓国も日本も麻の文化圏でした。
日本人は、基本的には「家」に対して吉田兼好が言ったように「夏をもって旨とすべし」に通じる、風の道が通る服をつくり上げました。襟元をゆったりと着つけ、袖口、裾から風が抜けます。それだけでは足りずに、脇にまで身八つ口という風穴をつけました。
インド人は布を水で濡らして気化蒸発を放熱に利用します。蒸し暑さにも地域によって違いがありますから、各々、長い歴史の中でつくり上げてきた民族衣装が、地域固有の衣服文化を育んできたのです。
逆に寒い地域にあっては人間の適応力のたくましさに感心させられることもあります。ベトナムの山岳地帯は結構寒さが厳しいのですが、それほどの厚着をしないでしのいでいます。フィールドワークで訪れた村では、刺繍を施した円形のスカートが洗濯物として干されていて、一見に値する美しい景色として、私の記憶にいつまでも残っています。
*文化としての衣服は常に変化している
しかし現在残っている形が、必ずしも伝統的な民族服ではない場合が結構多いので、誤解されることもあります。
たとえば、ベトナムの現在のアオザイは1744年に即位したグエン・フック・コアット王が、南部の式典や文化の改革に着手し、中部地方の女性の衣服デザインを応用して誕生させた、比較的新しい民族服です。アオザイというのは長い上衣という意味で、アオザイとズボンのスタイルは、その後も全国統一という政治的な思惑に利用されながら、西洋文化とも調和しながら現在の形をつくり上げてきました。
かくいう日本の着物も、今のような外出着、礼服のような着つけが定着したのは、ごく最近のことです。幅の広い帯を胸の高い位置で締め上げて風の通りを塞いでいますし、現在の和服からは「風の道が通る服」という姿は、なかなか理解できないのではないでしょうか。
このように民族服といっても、衣服のスタイルは時代や背景によって、常に変化しているのです。最近は夏に浴衣が流行していて、若い人が思い切り短い丈で着こなしていることを批判する声もありますが、民族服がまったく顧みられなくなるよりは、その時代の感性でアレンジしながら着続けられるほうがいいと思います。現在の帯を強調した和服の着つけ方も、室町時代の小袖姿から考えれば、ずいぶん変化しているのですから。
私は見返り美人図の小袖姿が好きで、若い人にもっと和服を着てもらうには、元禄袖の小袖に半幅帯など、活動しやすいような着つけ方にすればいいのではないか、と思っています。
今年の夏に話題になったクールビズも、10年以上前から提案し続けてきたことで、やっと日の目を見たことをうれしく思っています。でも人間は自分の快適性のためだけに生きられない生き物ですから、背広やネクタイは社会のある階層に属しているという安心感のためにも存在しています。装うことは、社会生活をしていることと同義語なのです。ですから地球環境のためにとか、暑さ対策としてという理由だけでは、なかなかあの上着とネクタイを男性から外させることはできないでしょうね。
そして、今年の夏の提案に多くの人が賛同したのは、スタイルの提案ではなく、考え方の提案が受け入れられたのだと思います。何年か前の省エネルックとして袖を切ったサファリジャケットのような上着には、まったく後に続く人が現れなかったことが、それを証明しています。
また放熱のためのラジエーターの役割を果たす足を、革靴で包むことやめれば、もっと快適なはずです。そういう点では、女性が夏にサンダルを履いているのは、男性にとってさぞかしうらやましいことでしょうね。
*生活者が意識を高めることも大切
素材の性質のところでもお話ししましたが、同じ素材でも糸加工の方法や織り方で機能が変わるように、さまざまな新しい機能を持った素材の開発が、大変な速度で行なわれています。
ハイテク技術の応用は、繊維、糸、布を飛躍的に変化させました。2005年の東京コレクションでも「ファッション工学」という分野で環境とファッション、ITとファッションなどについて、シンポジウムが行われます。
新聞紙上にも紹介された1着何億円という宇宙服は、自分の出した汗や排泄物を循環させて生命を維持できる機構など、1着の服が地球と同じような働きを実現するようになり、衣服はかつてないほどの可能性を課せられています。
一方で、捨ててしまった文化を再評価して、変わってきたことのすべてを肯定していいのか、という考え方も生まれてきました。快適性を求める結果として、高気密、高断熱の家に住み、エアーコンディショニングされた環境で生きることを前提とした衣環境を追求し続けることが、本当に本来の姿なのか、という疑問も上がってきているのです。



























