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湿気対策について⑦

▼肌で感じる湿気

*不快指数は湿気指数

かつて天気予報でよく使われた「不快指数」は、温度と湿度を組み合わせて考案された「蒸し暑さを表す指標」。1959年にアメリカの天気予報に採用され、日本でも1961年から用いられるようになった。しかし不快かどうかの感じ方には地域差があり、アメリカでは不快指数75で半数以上、80では全員が不快を感じるとされているが、日本では75で9%、80で65%の人しか不快と感じない(和達清夫、倉嶋厚『雨・風・寒暑の話』日本放送出版協会、1974)。ともあれ、不快指数は高温多湿の日本人にとっては、単なる暑さだけではなく、湿気感としての「蒸し暑さ」を程よく表す目安である。

*不快指数を求める算式

(気温℃をT、相対湿度%をHとしたとき)
【0.81T + 0.11H(0.99T - 14.3)+ 46.3 】

不快指数75〜80で「やや暑い」80〜85で「暑くて汗が出る」85以上は「暑くてたまらない」さらに、この式では極端な高温や極端な乾燥では感覚と差が出るためか、気象庁では「不快指数とは気温と湿度による『むし暑さ』の指数。風速が含まれていないので体感とは必ずしも一致しない」とわざわざ説明しており、不快指数ではなく、「温度湿度指数temperaturehumidity index 」と呼んでいる。ちなみに、風速1 m / 秒程度の風にあたると体感温度が1℃下がり、扇風機程度の風では、不快指数が10程度下がるといわれている。

最近では「紫外線指数」、「ふとん干し指数」、「ビール指数」など、指数流行りで、元祖の不快指数はあまり話題にのぼらなくなった。しかし、「不快指数の高い○○○○No.1」などといった、独立した単語として使われることが増え、日本人の意識の中ではすっかり市民権を得た言葉となっている。実際の数字はどうであれ、この言葉の表すニュアンスは、堪え難い日本の夏を代表するにふさわしい言葉であることは、誰もが認めることだろう。

ところで、客観的な数値で表される湿度に比べ、湿気というと何やら親しみさえ感じるから不思議だ。乾燥剤を湿気止めと呼び、海苔の缶に入れるだけで何やら安心感が湧いてくるのは、湿気とつきあってきた長年の癖なのかもしれない。

*「蒸し涼しい」からドライエアコンへ

その湿気感に、おそらく大きな影響を与えているのがエアコンだろう。この「エアーコンディショニング(空気調和)」という言葉は、もともと1906年に米国の技術者が使い始め、明治時代の日本では「温湿度調整」と呼ばれていた。

高温多湿の国・日本にやって来た冷房機第一号は、1907年(明治40)に保土ヶ谷の紡績工場にアメリカから輸入されたものだ。紡績工場に導入された理由は湿度不足による糸切れ対策という狙いがあったそうだが、実際には、少しでも涼しくしたいという要望の方が強かったという。その後、井戸水を噴霧させたダクトに空気を通すことで温度を下げる「井水冷房」が1922年(大正11)に東京モスリン名古屋工場で採用される。約17度の井戸水を噴霧し、真夏の工場内を平均26.7度、湿度79.5%とした記録が残っているが、これは、今から見るとずいぶんと「蒸し涼しい」ものだったろう。その後、オフィスにも導入されたが、涼しくなるがそれ以上に湿度が高くなり、日本興業銀行では机やカウンターが汗をかくとクレームがあったという。

こうした大型冷房機器が紡績工場、印刷工場、演芸場、デパートなどで採用され、戦後は、温度が上がる電話交換機室や、快適さが求められる銀行に普及していった。1927年(昭和2)に完成した三越演芸場は劇場空調の第一号だが、冷房は昭和30年ごろまでドライな涼しさではなく、湿った涼しさを与えていたようだ。

しかし、時代は下り、1970年以降になると、室外機ヒートポンプで熱交換、排熱・除湿を行なうルームクーラーの普及が進むようになる。ドライな涼しさの誕生だ。全世帯当たりルームクーラー保有率は、1970年には5.9%。それが、1985年に52.3%、2000年には86.2%と上がっていく。ただし、1995年から2004年までの15年間に渡るルームクーラーの国内累計出荷台数は約7100万台(社団法人日本冷凍空調工業会)。これは日本の住宅総数5380万戸(2003年)の1.3倍だ。冷涼地以外の土地では、既に「一家に一台」から、「一部屋に一台」という時代に移行していることがわかる。

そして、湿気に暮らしの知恵で適応してきた日本人の衣食住も大きく変化した。

*乾いた暑さ?

しかし驚いたことに、1933年(昭和8)の東京の熱帯夜日数は13日。さらにさかのぼって、1900年代初頭の熱帯夜日数は皆無であったという(尾島俊雄『ヒートアイランド』東洋経済新報社、2002)。

これが事実であることを裏づける、70年前の随筆がある。東京では夏の涼風が名物だったようで、寺田寅彦は「東京の夏には地方的季節風が相当強い南東風として発達しているためにそれが海陸風と合成され、もしこれがなければべた凪になるはずの夕方の時刻に涼しい南東がかった風を吹かせる」と記し、「風の涼しさは東京名物の一つであろう。夕食後風呂を浴びて無帽の浴衣がけで神田上野あたりの大通りを吹き抜ける涼風に吹かれることを考えると、暑い汽車に乗って暑い夕なぎをわざわざ追いかけて海岸などへ出かける気になりかねるのである」と書いている(「涼味数題」1933)。

この随筆が書かれた頃に比べると、東京の夏は確かに暑くなっている。東京・大手町で計測している気象庁の過去74年の熱帯夜(最低気温25℃以上の日)日数は、明らかに増加傾向である。ところが、東京の相対湿度の変化を見てみると、なんと低下傾向なのだ。

我々が蒸し暑いと感じていた夏の暑さだが、なぜか、いつの間にか、ジリジリとした乾いた暑さに変化していたのには驚かされる。樹木や土の地面から絶えず蒸散するということが減って湿度を減少させているのかもしれない。これが本当ならば、東京砂漠というフレーズも、まんざら歌謡曲の世界だけのことではない。

*湿気と親しむ

湿気の国に空調機器が持ち込まれた結果、建築設計では、通気性よりも気密性が重視されるようになった。空調効率を高めるために、高度成長期以降、高気密断熱住宅が多数つくられた。「隣の家からクーラーの排熱が出るので、窓を開けない」「治安上、開けておくのは不安」と、通気性はますます損なわれている。エアコンが効くようになって、屋内では夏でもスーツ、冬でもシャツ一枚という、空調を前提とした衣服のスタイルが珍しくなくなり、汗をかかなくなった。

夏でもエアコンで冷やされているので、旬の料理より温かい料理のほうがうれしいと感じ、季節感はますます減っていく。

人間は、大雑把にいうと「衣服内気候」、「室内気候」、「まち内気候(局地気候)」という3つの気候にくるまれて大気とつながっている。かつての日本の民家は「室内」と「まち」が通気でつながり、温度や湿度の変化の多くを「衣服」や「しつらい」で受け止めていた。






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