件の警告②
- カテゴリ:日記
- 2026/05/13 18:59:40
件としての警告
再三ながら言っておくと私には対処する政策提案がある。
被害を最小に抑える方法があるのだ。
しかし、タイムリミットがある。
どういうことかと言うと日本の経済は今のやり方続けるならオリンピックまでしか持たない。何故なら政府の提示する根拠はゲインズだがこれは特定の企業の維持にしか役にたっていない。
つまり、オリンピック後維持の目的を失い今までの国の借金が襲いかかる。
これがタイムリミット。
ゲインズとは国債という借金して何かを作り、波状効果の景気回復を得ることだ。
しかし、景気の実感得た人どれだけいるかな?
件です。件とは私の立ち位置を意味します。
件は醜く短命で警告だけすると居なくなる妖怪のようなものです。
話す内容からして受け入れがたくそしてすぐ追放という形になるでしよう。
しかしながら、後々で件のことですがと重要視されるような一面もあります。
重度の要介護者を次々殺した人物のことですが、確かに殺している人間は多いですが政府側は恐らく死刑には『できません』。そして、生きているとして公表され続けざるをえません。彼のいうような要求は受け入れることは無いでしょう。
しかし、死刑にはできない。何故なら政府側に彼の存在を絶対悪として認めることはできないからです。
今の日本は財政的に極めて苦しい状況です。
一言でいえば今の日本に非生産者を養うには限界がある。
つまり、絶対悪として彼を否定し重度の要介護者を生きさせ続けるわけにはいかない。
ゆえに、手段は殺すということでもそれを否定はできない。
例をあげるなら『姨捨山』そのものです。
住民は好き好んで自分の伯父伯母を山に捨てているわけではない。養っていけないから捨てざるをえない。
今のように重度の要介護者を多く養うことができるようになったのはひとえに生産性の向上でしょう。しかし、現在の日本の現状は国債が多く景気も良くはない。
殺した犯人に対して二つの異なる見方が出来ます。
一つは①先ほどのようにじゃあ養えるか?と言う問題での状況下の視点。
もう一つは②殺すという行為に対しての悪だという視点。
① の方は自然界経済界からの視点ですが
② の方は倫理の意味での視点。
ならば倫理とは何?と言えば人間が人間として生きるための価値観。
この倫理は人間が作り上げているがためにその時の人間の価値観で『どのようにも変化します。』
これから先何が起きるかと言えば恐らく倫理の崩壊というなの雪崩れのようなものです。
山があったとして景気状況国債などで雪崩れの幅はで変動する。
倫理という今の価値観でなんとか維持しているが下の土台はすでにない。
少なくともその分はすぐにでも雪崩れが起きかねない。
私が主張するのはその衝撃に備えよというものです。
少なくとも人々は自分自身で生き抜く力を要求されます。
生きていることと生かされているとは違うということです。
支援を受けているということは誰かに生かされているということです。
いずれこの壮大な雪崩れが起きます。支援をする側とは一般人ですが今の彼らに他人を養う余裕は無いため恐らく水面下で論争が巻き起こっているものと考えます。
殺人者の彼の行動で地割れまで起きているはずです。


























