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夫が犬食いしてたから犬食いしてみた20年。

自分が結婚した人を尊敬してたんですよね。凄いな~この人は。って思ってたんですけど、食事する時、犬食いするんですよね。なんか、もんすごく尊敬してたら、食事してる時いきなり犬食いしたんで。その時の私の年齢が、19位だったので、まだ二十歳にもなってない時に「尊敬してる大人が犬食いした」っていう記憶が、ものすごく焼き付いてて。「凄い人って食事マナー綺麗」っていう常識と、自分が目の前にしてた現実が乖離した瞬間、「凄い人って以外と食事マナー汚くても生きてる人なのかもしれない」っていう勉強をして、人生の大半、食事マナーが綺麗かどうかをあんまり人に求めてなかった。むしろ、汚い食べ方するっていう人のほうに、「この人も凄い人なのか…」と、好奇心がわいていました。だから、いまだに食事マナーどうこう言う自分が恥ずかしいというか、ちょっと汚いくらいの食べ方をするのがいいのかな~っていう気分で生きてました。あんまり気にしすぎても、しょーもないのかな。って、自分が結構気にするタイプだったので、レストラン行ってもナイフ八の字かどうかとか。そういうの気にしてるの自分だけなんじゃね?っていう気がしてて。食事マナーとかそういうの気にせず、人前で堂々と犬食いする精神っていうその、おおらかさのほうが、なんか人としてデッカイ。器がデカイ。そういう人がお金をでっかく稼ぐ人だ。そういう人はなんか凄い。っていう気がしていた。綺麗に食べる人のほうがいいんだと思うんだけど、自分ができる事よりも、自分ができないほう、犬食いしてもいいと自分を許せるみたいな、そういう自分を許す能力みたいなのの大きさというか。そういうのをみて、私は「こういう人が大きい器っていうのかな」と、汚い食べ方する人をみて、なんかこう、自然な好意というか、自分には無いおおらかさ、寛容さ、柔軟性、合理性みたいな。そういうのを感じて、こまごまこまごま右手どう左におかずとか、食事の際テーブルナプキンどうのとか。そういうの気にしてるより、人と楽しく自分をさらけだしながら、美味しくご飯を食べる、みたいな、素の自分を人にさらけだせるオープンな精神みたいなのを見ると、なんだかこういう人が情に厚いっていうか、マナーとかエチケットとか、自分がお高く留まってお上品にみせたくて食事マナー気を付けようとするんですけど、私は、そんな事関係なく、美味しいものなら美味しいと全身全霊で犬食いして食べる。っていうのを見た時、「作った側としてはめっちゃ嬉しいな。」っていう気持ちになったし、なんだかこう、体裁だけつくろって外見上はまともに見えるようにしてる人より、なんだか親近感というか、犬食いするとか、「マナーを失してる」っていう姿を人にさらけだせる人を見ると、なんだか、マナーとかいって人の揚げ足をとるような自分がいるかのようで、そうじゃなくて、凄い人は結局ちょっとくらい欠点があってもそれを恥ずかしいとも思わず、ありのままの自分を他人にみせられる、おおきさがあるような気がして、実際私なんかより夫は凄い人であるので、やっぱりそんな私からすると、犬食いしてる人というのが、物凄いええ感じの憧れの大人だったんですよね。という事で、あんまり自分もいい恰好しいの食事マナーは身に着けなかったんですけど、でもなんか、最近大人になって少しは綺麗に食べるのも大事かな(笑)ってようやく思えました。だけどいまだに、マナーっていうのが本当にどの年収の層のあるべきものなのか…っていう色んな社会の実相というか、現実的に本当に凄いけど変な癖がある凄い人って実在するんで…。私としては、何だか世の中って…って真面目にマナーとか気にする人をさらに絶望させるかのような構造は、本当にそろそろどうにかならないのかなっていうのは、すごく思うけども、マナーなんか関係ね~な凄い人のほうが世界を牛耳ってるとしたら、マナー気にしてる私達のこれが正解かしらこれが正しいマナーかしらっていう悩みって、無意味なんだろうか…ってちょっと無意味さという気づきたくないものに気づいてしまいそうで辛い。とはいえいきなり犬食いする勇気もないし、マナーは守っておいてそこまで変ではないんだろうと思う。私は犬食いしてる人みたら、いいなぁ~っ自分をさらけだしてて、素敵だな~って思いますけども。それって少数派なのかな。

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