3.11に思う事④
- カテゴリ:日記
- 2026/03/12 05:22:58
「3.11によせて|被災しなかった私にできること」
ネットで見つけた感想文。紹介してみます↓
3月に入って一週間ほどしてから、ウグイスの鳴く声を耳にするようになりました。
いつも「まだちょっと練習中だから!」みたいな声をちらほら聞きますが、今年は上手な子が多いように思います(*'∀)
今日は3月11日、東日本大震災から15年。
あの日のこと、あの震災から思うこと。
本日はそんな3.11によせての思い事です。
2011年3月11日
あの日、何をしていたか・どこにいたか。
何度となく話に出るもので、あの日あの時間をどうしていたか、皆さんもよく覚えていらっしゃるのではないでしょうか。
私は当時、大学の春休み中でした。
春休みといってもやることは制作で、その日はゆっくりめに大学に行こうかなと、自宅でのんびりしていたところ。
ふと、ゆらー、ゆらーと体が揺れて、少ししてからおさまって。
めまい持ちの気があった私は「くらんだかな」と思いつつ、いや、地震か。
どこか遠くで大きいのがあったのかもしれないと思い直し。
「東京で震度5」と知った時に、あぁその揺れがあれだったんだなぁと思いました。
その後、大学で「東北で大きな地震が起こったらしい」と聞かされます。
震度7という聞きなれない数字、津波。
とは言え、スマホもなく、制作室にテレビやラジオもなく、何が起こっているのかをリアルタイムで知ることはなくて、帰宅してからようやく東北の被害を目の当たりにしました。
関東以北の知人・親戚がいない中で、一番心配したのはSNSで繋がっていた東北の女性のことでした。
すぐにSNS上で安否は確認できて、ひとまずそれは良かったのだけれど、かける言葉はなかなか見つからず、続くであろう余震にただただ気を付けてとしか言えませんでした。
当時はTwitterなどで避難所や救援の情報・現場の状況がシェアされました。
SNS人口がまだ少なかった頃。
一部でデマや誤発信があったものの、多くはこの途方もない大災害で被災した人たちの「力になりたい」、その一心から共有され、工夫され、役立つツールになるよう利用者同士が協力しあった。
そんな投稿が多かったように感じています。
遠く離れている場所の、どうしようもない状況に、どんどん体が冷たくなるような思いは、中学生の時に起こった9.11を思い出させました。
私がこの震災を思う時、一緒に浮かんでくるのはあのビルの崩壊で「世界が変わって戦争ばかりになるんじゃないか」と、友人たちと話しながら歩いた通学路を思い出します。
大学の先輩の中には、すぐにでも現地のボランティアに行かないと、という人もいました。
それを諫める人もいました。
何が出来るのかわからないながらも、いたたまれなさにどうしようもない思いを抱く。
そんな人が多かったように思います。
いま思えば、ゆらーと揺れるような地震をぼんやり過ごしていられたのは、あの日が最後でした。
それまでの私にとっての大きな地震は、小さな頃、明け方にグラグラッときた阪神・淡路大震災。
地震とはああいう風にくるものだと思い、小学校では「おさない・はしらない・しゃべらない」を唱えて避難訓練。
水や食品、簡易トイレの備蓄にも現実味はなくて、避難所の過酷さや、被災地で起こる犯罪や、災害関連死もみんな「聞いたことのあるもの」に留まり。
いつかまたやってくるかもしれない大きな地震は、どこかぼんやりとした言葉でした。
東日本大震災以降、静かな横揺れは「遠くでひどいことが起こっている」。
そんな不安を孕むものになりました。
これまで震度5以上を体験したことはありません。
けれども、これから先どこかで、きっと大きな災害にあうのだろう。
その光景を目の当たりにするのだろう。
それはぼんやりとしたものではなくて、確かなことだろうと感じています。
地震を予知したり、止めることは出来ませんが、それに備えることはできます。
20代の頃は、とりあえずリュックに今詰められる役立ちそうなものを突っ込んでいました。
今から思うと頼りないラインナップで、しかも押入れの奥深くに入れていたので、やる気だけ詰め込んだ感じ('∀)
転職して通勤時間が長くなった頃に、持ち歩く被災グッズを少し用意しました。
サラリーマンをやめてからは、物価上昇対策も兼ねてローリングストックを開始。
以前、一度「1日被災体験」として自宅で電気・ガス・水なし時間を過ごしました。
備蓄品は毎年3月には必ず確認。
できれば夏・冬前に季節の必需品もチェックできたら良いなと思っています。
備えなんて、死んでしまえば役に立たない。
それは本当にそう思います。
でも、備えるようになって、災害発生時の困りごとを少しずつ知るようになって「死ななかった場合にすごく困るから備えるのだな」と当たり前のことが腑に落ちました。
東日本大震災の被害は大きく、15年経った今も深刻な課題が変わらずあります。
一方で、阪神・淡路の震災も終わっていないのだと、昨年お聞きする機会がありました。
復旧・復興したように見えて、見えづらいところでは被災が続いている。
「まだ」とか「ようやく」という言葉が、30年経っても出てくる状況は、きっとどの被災地でも同じなのだと思います。
今、直接、私が被災地にしていることはありません。
ただただ自分のためにまずは備えて、家族・知人に定期的に話題を出して呼びかけて、いざ、事が起こった時の心構えを少しずつ養う。
それが一つでも何かの役に立てば良い。
その先で、被災時に誰かを手助けできたり、協力し合えたら良い。
それが大震災で被災しなかった私が、この先もずっとできることだと、そんな風に思っています。
話は変わって、今年の1月、実家で家庭内引っ越しをしました。
フォロワーさんの中には、定期的に個室を交換する「家庭内引っ越し」をされている方がいて、とても面白いなと拝読していたのですが、実家のはそのタイプではなくて。
両親の今後を考えて、生活空間をちょっと移動。
ありがたいことに両親まだまだ元気なのですが、動きづらくなったりしてからだと大変よね、といった感じです。
大物家具を移動したりなんやり。
そうこうする中で、家具固定の話もして、いざ地震速報が鳴った時にはどこが一番安全か、算段をつけとくベシの話もして。
「そういえばnoteで、机の下に入ろうと思ったら高齢でかがめなかった(@こぢんまりさん)、の話をされてる方がいてね、やっぱり定期的に避難の仕方や必要なことは確認しとかないと…いや、なかなか盲点でした」という話もして。
いつも地震のこと話してるな、この人。
という感は多少否めませんけれども('∀)、家族・友人・知人の近況を知る上でも、災害対策の話って良いなと思います。
体も変わる、状況も変わる、そして備えも変わるのであります。
本日は、そんな3.11によせての思い事でした(*'ω)
























