Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【真実の名】(4)

「…ところで、何の計画もなくそんな事を言い出した訳ではありませんよね?でしたら、考え直した方がいいと思いますが」
「え…当てにしちゃ、いけないんですか?」
 …まったく、この「お嬢様」ときたら。
「言ってありませんでしたか?私はこの国の事はあまり知らないって」
 言ってなかったかもしれない。雑談を交わすような相手でもないし。
「…そう、それに、逃げるって、いったい誰から逃げればいいんです?おうちに協力者がいると、かなり楽だと思うんですが」
「うちに…?」
「そうです。…全面協力、は無理でも、お母様、とか、ご兄弟、とか……いっそ、その、あなたの身代わりになる事になってる方、とか」
 人差し指を口許に当てがって、何やら考え込む。
「…とにかく、私には計画が立てられません。この国のどこに何があるのか、もわからないし、買い物一つするにも、適正な価格、というものが判りません」
 だから、休学してまで副業に励む羽目になってしまった。…まあ、在学中に幾分状況は改善されたと思うが。
「……それで、どうやって学院までいらっしゃる事ができたんですの?」
「秘密のルートがあるんです。あ、手続き、という意味ではないですよ。純粋に「道」という意味で。…それから、念のために言っておきますが、そのルートは、多分あなたは使えません」
「……魔法、ですか?」
「魔法です。…ですから、私に引率してもらって逃げる、という計画は、断念してください」

 …これくらい念を押しておけば、断念するか、もしくは他を当たるかと思ったのだが、次に来たときは、しっかりと計画を立ててきた。失敗した時の代案も付けて。

「…それと、最初に聞いておくべきだったかと思うのですが、あなたのご実家は、どちらにあるんですの?」
「えーと……確か、ここでは、「カルヴェス高地」って」
「え!?」
 エミーリアが蒼褪めた。まあ、確かに「彼女」には踏破できそうもない難所だ。
「…呼ばれる山地の狭間にある盆地、ですが。山地を迂回するルートも、一応あります」
「迂回ルート、ですか?」そう言って、持参してきた地図を作業机の上に広げる。「…えーと…ああ、この地図には…」
 後ろから覗きこんだところ、カルヴェス高地自体が載っていないようだ。
「…ずいぶんと辺境…」と思わず口にしてしまい、慌てて口を押さえるエミーリア。
「ですから、私はこの国の事情に疎い、と」
 地図に真夏の陽が反射して眩しい。それに、強い日差しは紙やインクを傷める。
 温室の中は、気温が一定に保たれるよう、魔法がかけられているが、陽射しが強いのを弱める魔法はかかっていない。私は天窓を覆う紗幕を引いて、陽射しを遮った。温室の中が陰る。強い日差しが苦手な植物たちを、日陰に移す。
「…毎日、その作業をするんですの?」
「天気の良い日は。昔はすぐ外に、多分落葉樹が植えられていて、紗幕の代わりになっていたのだと思いますが」
「…落葉樹、って、そんなことまで判りますの?」
「切り株が残っていますから、だいたいのところは」
 そこで言葉を切り、定例となっている、植物の育ち具合の報告をまとめ始める。エミーリアがここへ来る目的は、表向きそれなので。
「えーと、これが先月届いた分。そろそろ定植できそうです。その前のは、蕾がつきました、と。それからこれは、種で届いていたものですけど…どうやら樹木なので、花がつくのは、当分先になりそう。種か球根で送ってくれっていう要望に忠実なのは構わないけど…」
「あの…毎回言っていますが、もう少しゆっくり…」
 エミーリアの方を振り返ると、ペンを持っておたおたしている。
「記録用紙なら、いつものところに……ああ、切らしていましたか。いっそのこと、私が書いてお渡しした方が早いんじゃないでしょうか。その方が、あなたの手間も省けますし。これから忙しくなるのでしょう?ご婚儀の準備で」
 エミーリアが深い溜め息をついた。
「……いったいあなたは……」
「…はい?」
「私の婚姻に関して、どのようなご意見をお持ちですの?」
 私に意見を求められても困るが。今のところ私は卒業を控えた学生で、ここでは臨時雇いの庭師でしかない。エミーリアの婚姻が、今後の私の人生に影響を与える、という可能性も薄い。なので。
「一般論ですが、「お幸せに」?」…この婚姻で本人たちが幸せになれるとは思えないが。
 いきなり耳元で何かが破裂するような音がし、目の前に星が飛んだ。
「だから、一般論だ、って言ったでしょう?」
 ぶたれた頬を押さえつつ、目に涙を浮かべてふるえている人に向かってそう訴える。
 だいたい、ぶった方が涙を浮かべてるなんて、理不尽だ。
「ご…ごめんなさい。…どこか、ぶつけませんでした?」
 しかも、力加減しなかったらしく、私は軽く数歩分、吹っ飛んでいる。握り拳でなかっただけ、まだましか。
 うずくまったまま、遠ざかりかけた意識が戻ってくるのを待つ。

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