ホーリー
- カテゴリ:日記
- 2026/03/01 17:42:08
ピクミンブルームという歩行アプリを楽しんでいる。
毎月のお題があり、今回はインド・ネパールで行われるホーリーという水かけ祭りがピックアップされていた。
春の訪れを祝ってカラーパウダーや色水をかけあい、町中がカラフルに変わるお祭りです、と説明されている。
私、これを味わったことがある。
もう30年以上前の話だが、私は卒業旅行で南インドを巡った。
その最後の地がカルカッタ。
着いた翌日がホーリーで、その翌日は出国日だった。
今はどうか知らないが、ホーリーは仲間内で水鉄砲を掛け合うだけじゃなく、マンションとかアパートの上のほうの階から突然バケツの色水をかけられたりする。
だから店も閉まってしまうし、なるべく外出しない方がいいと言われていた。
だけど私、自分のお土産に英語で書かれたインド料理のレシピ本が欲しかったのだ。
当日の町はほとんどの店が閉められ、普段は道端に出ている屋台もなく、不気味に静まり返っていた。
ホーリーは色水をかけられても怒ってはいけないので、これを幸いいたずらされないための用心だ。
たまに通るタクシーも色粉を落とされたのか悲惨な屋根をしていたりして。
駅に向かう途中、私も高層階から落とされた色水のしぶきを浴びそうになったり、水鉄砲の狙いをそらしたりしたが、大体は路地の奥の方、仲間内で楽しむ声が聞こえるだけだった。
駅前の広場に着くまでは。
ちょっとねー、祭りで何か決めたような集団がいたのよね。
あ、目を合わせてはいけない奴だ、と分かったのだが、ほかに人がいないから目立ってしまったらしい。
たちまち数人に囲まれて頭からバケツの色水をかけられた。
当時の私は過呼吸持ちで、それなりにコントロールできる状態だったので、ここは出しておこうと発作を出すまま出した。
インドの治安は悪くない。
体を折り曲げて苦しんでいると羽交い絞めは放され、ベンチに座らされ、ジュースの瓶を渡された。
中身はただの生ぬるい水道水だったけど。
すぐ吐き出して、もういいから、とジェスチャーすると集団は逃げるように去っていった。
せっかく駅まで行ったけど、本屋も何も閉まっていた。
もういいや、とふらふらしながら歩いていたら、道を間違えたらしい。
あれ、と立ち止まったら、道を掃除していたおばあさんに「あんた、具合が悪いならマザーの家で休んだら?」と言われた。
当時のカルカッタでマザーと言ったら、マザー・テレサと決まっていた。
マザーの所、= 「死を待つ人の家」か?
いやそれは恥ずかしい。
そこはボランティアで行く所であって、介抱されるほどひどくないんです。
とあたふたしていたら、路地から白いサリー来た人たちが出てきて、いつの間にか私は待合室みたいなベンチに寝かされていた。
どうやらマザーの修道院? のすぐそばだったらしい。
しばらく休んだら楽になったので、ドネーションボックスに少々寄付してお暇しようとしたら、あとちょっとしたら廊下をマザーが通るから、膝をつけるなら祝福をしてもらいなさい、と言われた。
マザーはとても小柄な方だった。
頭に触れられた感触は、今でも思い出せる。
あなたの宿のほうに行く車があるから乗ってらっしゃい、と好意で乗せられた車は救急車だったため、「マザーの救急車が来たぞ!」とホテルから警備員や宿泊客たちが飛び出してきたのがちょっと恥ずかしかった。
ホーリーの色水は基本的に石鹸で洗えばすぐ落ちるものだが、私ともう一人、まったく落ちない色素で、帰りの飛行機でもうっすら顔がまだらだったのだった。
ピクミンたちはかわいく水かけするんだろうな。
と思いつつ、濃い思い出がよみがえる…



























