韓国 ユン前大統領死刑求刑に疑問
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- 2026/01/17 17:30:21
被告人・尹錫悦に死刑求刑 二分される韓国ネット世論「まかり間違えば国が滅んでいた」「けが人なし、実弾なしで何が内乱か」 (朝鮮日報日本語版)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7da5915a2f74d21a89ebfe276bf64bcd32be7f3e
ユン・ソンニョル前大統領に対して戒厳令発布を理由に内乱罪を適用し、死刑を求刑するという判断には、率直に言って強い違和感を覚えます。戒厳令という制度自体は、民主国家においても非常時に備えて憲法や法律に明記された統治手段であり、それを発動したこと自体を直ちに内乱と断じるのは、法解釈として極めて拡張的ではないかと感じます。
一般に内乱とは、政権転覆や国家体制の破壊を目的として、武力を用いて国家権力に対抗する行為を指すものです。その意味で、国家の最高権力者である現職大統領が、憲法上の権限に基づいて戒厳令を宣布する行為を「内乱」と位置づけることは、国際的な常識から見ても無理があるように思われます。少なくとも、反政府武装勢力やクーデター勢力による内乱とは性質が大きく異なります。
さらに今回のケースでは、実弾使用や大規模な流血事態が発生したわけでもなく、イランのようにデモを武力で徹底的に鎮圧した例や、ベネズエラのように長期にわたる独裁的圧政を敷いてきた政権とも同列には語れないはずです。結果的に6時間という短期間で戒厳令が解除され、民主的手続きが継続された点を考慮すれば、今回の死刑求刑は犯した罪と罰が比例しておらず、明らかに重すぎると感じます。
また、この一連の流れは、これまで繰り返されてきた韓国大統領の「末路」と重なって見えます。政権交代のたびに、前政権を強く否定し、司法を通じて断罪する構図は、法の支配というよりも政治的清算の色合いが濃いように映ります。今回の裁判も、新政権による旧政権の全面否定と受け取られても仕方がない側面があると感じます。
今後を考えると、この判断が前例となり、韓国において大統領の戒厳令発動が常に「内乱罪」のリスクを伴うものになる可能性があります。そうなれば、実際に暴動や大規模な騒乱が発生した場合でも、政治的・司法的反発を恐れて、必要な判断ができなくなる恐れがあります。それは国家の危機管理能力をむしろ弱体化させかねません。
戒厳令の是非や妥当性は厳しく検証されるべきですが、制度そのものを事後的に内乱と断罪し、極刑を求めることが果たして民主主義の安定につながるのか、冷静な議論が必要だと考えます。感情や陣営論理ではなく、法の原則と国際的な基準に基づいた判断こそが、韓国社会の分断を和らげる道ではないでしょうか。

























