Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【真実の名】(2)

「クラウディア、と申します。名の他の部分については、ご寛恕願います」
「…他の部分?」
 「婚約者様」が怪訝そうに尋ねる。
「ああ、魔法使いの習慣でね。名のすべては明かさないんだ。力のある魔法使いだと、名前のすべてを知る事ができれば、相手が支配できるんだそうだ」
「それは…恐ろしいですわ」
 まあ、そんな魔法が使える者は、今は、ほとんどいないけどね、と末息子は笑って説明する。
 だが、「真実の名」の魔力は、彼の解釈とは少し違う。
 「真実の名」は、唯一無二。
 それは、そのものの本質を示す、魂に刻まれた名。魔力の多寡にかかわらず。
 それさえ知る事ができれば、そのものを支配する事ができる。魂あるものであれば、人に限らず。
 力のあるものならば、数多ある呼び名の中から「真実の名」を見つける事ができるし、十分に力のあるものならば、人に知られていない名でも読み取る事ができる。
 そして。
 十二分に力があれば、「真実の名」を書き換える事さえできる、という。
 …まあ、十分な魔力のあるものさえ、そうめったにいるものではないのは、確かだが。
「…ところで、「いいなずけ」というのは、婚約者の事を示す古い言葉なんだけど、相手に自分の名を教えて、自分を支配してもいい、という許しを与える、という意味なんだそうだ」
「まあ…」と「婚約者様」が頬を染める。「支配、だなんて…畏れ多い」
 ふうん。そういうふうに話を持って行くのか、もてる男は。
 それを契機に末息子が他愛のない話をつぎつぎと披露し、「婚約者様」が程良いところで相槌を入れる。その繰り返しで、このささやかな茶会は、終始和やかな様子で終わった。
 だが、私はなぜか、微妙な違和感を感じた。
「…そうだ。庭師として勤めている、というと、温室は君の管理になるのかな?」
 茶会の終わりに立ち去りがてら、末息子がそう話しかけてきた。
「そうですが…長らく放置されていたようですので、まだ整備中です。とても人様にお見せするような状態では…」
「おん…しつ?」って何?という様子で「婚約者様」が問いかける。
「ええ。裏庭に先祖が道楽で作った温室があるんです。一年中花を絶やさずにいられるように、年中一定の温度を保てるようになってるんです」
「それは…魔法で?」
 「婚約者様」がもの問いたげにこちらを見る。
「温度を保つ仕組みの部分は、魔法ですが、花を絶やさずに育てるのは、庭師の領分です。そこのところをおろそかにしてしまったので、荒れ果ててしまっていて」
「心して聞いておこう。ところで、僕の出立までに整備は終わりそうかな?」
 少し考える。
「急げば整備は終わらせることはできるかもしれませんが…満開の花を、とお望みでしたら、それは無理だ、と申し上げておきます」
「魔法の力をもってしても、か?」
「実体のない、幻影の花でしたら、いくらでもご用意できますが。温室なぞ使わなくとも」
「…どうやら何か気に障る事でも言ってしまったようだね。整備が終わったら、知らせてほしい、と思ったまでだが…赴任先で珍しい花でもあれば送れるように」
「それは…申し訳ありません。要らぬ事に気をまわしてしまいました」
 平身低頭して謝る。ここで職を失う訳にはいかない。
「そんなにむきになって謝る事はないよ。第一、君に辞められてしまっては、せっかく整備しかけた温室がまた荒れてしまう」
 どうにか首はつながっているらしい。
「で、整備が終わってからでいいから、時々このエミーリアにも、温室の中を案内してやってくれないか?」
 それでやっと「婚約者様」の名前が「エミーリア」である、と判った。手のひらに刺さった小さい棘がぽろっと取れたようなこころもちだ。
「それは構いませんが…花が咲く前の温室は、はっきり言ってそう面白いものでもないと思います。お嬢様に園芸の趣味がある、というなら別ですが」
「園芸の趣味があるかどうかは判らないが…興味を惹かれたようなので」
 そうなんですか?、とエミーリアの方に視線を向けると、「あ…あの…お邪魔にならなければ、一度、拝見したく存じます」と、俯いて消え入りそうな声でそう言った。その様子は、恥ずかしがりやの令嬢そのものだ。これが男性に見える自分の目は、やっぱりどうかしているんだろうか?

 茶会の時に感じた違和感の原因に思い至ったのは、数日後、別の茶会の給仕を仰せつかった時のことだった。今度の茶会の主は、長男の妻で、客はそのご友人たちだった。
 …そういえば、「彼女」は声を出して笑う、という事がなかったな。
 他愛ない事でもくすくすよく笑う彼女たちを見て、そう思った。
 あの茶会の席で、お付きの二人が、しかつめらしい顔をついほころばせてしまうような場面は幾度もあったのに、「彼女」だけは、落ち着いた微笑みを崩す事がなかった。
 後で聞いた話によれば、彼女は笑み崩れる事がないという事で、社交界で有名、という話だった。

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