母の入所した施設にて思ったこと
- カテゴリ:日記
- 2025/09/12 11:47:39
昨日、入所している母の洗濯物を持ち帰る必要もあり施設に面会に行った。
面会は事前に予約が必要で、検温や書類記入なども求められる。
面会の前にロビーのようなところで待つのだが、都心のホテルなどより
ずっと広くふかふかのソファがいくつも置いてある。
真ん中にはグランドピアノもある。
その奥は時間限定だが、コーヒーやジュースなどを楽しめるスペースもある。
ここでは、お金ではなくてリハビリ?に応じたポイントがもらえて
そのポイントで飲み物をオーダーできるらしい。
少し離れたソファに上品な老婦人が読書していた。
わたしど同様に入所している家族の面談を待ってるのかと思ったら違った。
小さく漏れ聞こえてくる会話のかけらから、週に2回この施設にリハビリに
通っているのだとわかった。時間が少しあるので読書して待っていたらしい。
何より驚いたのはその方が93歳であると隣人に話していたこと。
そんな風に90歳過ぎても自分の力で生きている方もいるのだなあ・・・。
わたしも、そうありたい。
けれど、先日 自宅で入浴後に習慣でビールを飲んで「あ~、極楽♪」と
言って、本当に逝ってしまった人の話をネットで読んだ。
本当だとしたら、実に羨ましい話だ。
母は最初わたしに「どちらさまですか」とあいさつしたけれど、
話してるうちに普段の母になって猫の話とかしだした。
「茶太郎元気?」ともう亡くなっている母のお気に入りの猫の話。
21歳で母といっしょに眠ってるうちに亡くなったのだから
これも悪くない最期だったと思う。
ロビーはちょっと古めかしいホテルみたいな雰囲気ですよ。
わたしは長年、看護師として勤めていたのである意味いろんなパターンを知り過ぎているかも。
それはそれでイヤな面もあります(;^ω^)。
こういう亡くなり方だと、お葬式も「羨ましい」一色になりそう( ´艸`)。
もう少し年取ったら、毎日「今日死ぬ」って言って知人友人に突撃しようかな。
そうすると誰かにとって「今日死ぬ」って会いに来て本当に逝っちゃったよってことになるかもww
わたしも死ぬこと自体は怖くないけど、その前の苦痛が怖いよ。
父の入居してるところは、診療所のちょっと広めの待合室みたいでした
父も母も義母もいつでもおかしくはないお年頃なので、覚悟はしてるけど、
私は人が亡くなる瞬間には立ち会ったことがないので、それが心配かな・・・
田中民さんの先生は 「今日死ぬ」と宣言して お弟子さんやら会う人にすべて会ってから
その日に亡くなったそうです。凄いね。
ひーは 何の用意もしてないけど 死ぬのは怖くはないかな・・・・・ホントか?!
こんばんは。
施設によって、千差万別でしょうね。
わたしも、いろいろ疑問に思う病院や施設で働いたことあるのでわかります。
「家に帰りたい」という方は多いけれど決して「現在の」家じゃなくて自分が一番「若くて幸せだった頃の」家に帰りたいって思うらしいです。母もこの5年くらいは、わたしが娘だということもわからなくなることが多くて話すのは自分が東京で働いていた頃のこととか子供のころに楽しかったこと。卓球でいい成績を取って賞品がもらえたことなど。
人に迷惑をかけずに逝きたいとは思いますが、確かに必要なことを書き残しておくのはいいですね。
でも、「必要なこと」ってなんだろう・・・。家族もいない場合。
実は以前に看護師として勤務していたことのある施設なの。
居室もいろいろ配慮されているし、もうお年になった院長先生も明るくて優しい方だしね。
良い逝き方≒良い生き方なのかも。
自分を認め、同様に他人も認めて敬う生き方が出来たらいいなあ。
いつ逝ってもいいとか、さすがに早くない?(;^ω^)。
うん、ありがとうね♪
おじい様すごいね!
うちの母方の祖母も99歳まで生きて、脚は不自由になったけど這って皆のいる食卓に来てたって言ってた。
医療インフラ、恩恵を享受して母も87歳になったけど。延命治療はもうしないつもりだよ。
施設入った時点でどこまで延命治療するか問われるんだけどね。
点滴も胃ろうも、もちろん人工呼吸や心臓マッサージも不要と答えたよ。
母は心臓に人工の大動脈弁を入れていてそれ自体も寿命がある。弁が機能しなくなった心臓には点滴も拷問だと思うから。
わはは( ^▽^)・・・すっかり報告忘れてたわ。
母も変わりない様子だったし、いろいろ考えて三カ月ごとに家と施設を往復するスタイルにしようかと
思ってるよ。家に戻ったら、デイサービスも週2回くらい通えたらいいな。
年の半分は施設、半分は自宅ということで費用も抑えられるし。
上品な老人になる秘訣は周りへの感謝を忘れないことかなあと自戒を込めて思うよ。
ありがとう~♪
最近、ようやく母の介護のない生活に慣れてきたよ。
あれ?書いてなかったっけ?って思って見返してみたら書いてなかった(笑)。
確か先月の27日に病院から連絡があって、28日に退院してそのまま老健施設の方が迎えに来てくれることになったの。「え!?明日??」って驚いて、いろいろ連絡したり手続きしたり入所の必要なものを準備したりでバタバタしていてすっかりニコタにも書いた気分になってたw
確かにね~、自分で頑張ってもどうにもならないことのほうが人生圧倒的に多いよね。
だからって全て運を天に任せるのも違うように思うけどね。
わたしはお一人様確定だから、腐乱死体にならないようになにか手立てを考えないとなあ。
僕が勤めてた頃よりは施設は豪華なのだろうか?
場所によっては50人の老人を10人で見てる施設もあった。もちろん二交代制。
もう15年以上前の話だしね。
誰もが矍鑠とした老人になりたいと望むけれど、
施設に入っている利用者もそう望んでたはず。
「家に帰りたい。お迎えはまだ?」と内線と気付かず、スタッフに受話器越しになだめられる。
そんな光景は日常だったけど。
できるだけ残るものに迷惑かけないうちに、書き残せることは残しておこうと思うばかり。
この辺では無さそうだ。
人の最後って皆さん色々と希望をおっしゃるけどその通りに逝けた方を
残念ながら見たことはありません。
でも良いお顔で逝けた方は何人もいらっしゃいました。
きっと良い人生を送られたんだろうなと想像はしましたが
自分も最近はそんな風に感じます。
もう何時逝っても大丈夫かな 笑
うちのじいちゃんも92歳で要支援1だったわ。
行く場所作るために要支援1つけてもらえてデイサービス行ってたから、ご婦人もそんな感じなのかもなぁと思ったり。
ピンピンコロリは理想だけど、なかなか医療インフラ整いすぎてる日本では難しいだろうなぁ。
施設に入所してたのね?
良さそうなところで良かった。
願わくば、死ぬ間際まで自力で生きていきたいものだね。
私もそんな上品な老婦人になりたいよ。
なんかすごいところだね
お母さま、施設に入れたんだ!? よかったねえ~~(´∀`)
なかなか立派そうなところ?
90過ぎても、ってのもすごいね!
ホントそういうのって自力でどうにかなるもの「だけ」ではないから、
仕方ない面もあるんだろうけど、出来れば大往生したいものだねえ。