Nicotto Town



【小説】限りなく続く音 15


 私たちは寝ぼけ眼で朝食を採り、水着の上に服を着て、母に小言をくらう前に家を出た。夜中に抜け出したことは気付かれなかったようだったが、私たちは眠かったのだ。物置からパラソルを引っぱり出し、草太がそれを担いで海へ向かった。
 二人で砂を掘ってパラソルを立て、シートを広げると、私は日陰に転がった。草太はシャツを脱いで、無言で海へ向かって駆けていった。(タフだなあ…)と思いながら、草太の背中が吸い込まれてゆく空と海の青が、視界に丸く広がってゆくのを見ていた。
 世界は丸く、無限に見えた。
 世界を前にして、草太の背中は、とても小さかった。
 けれど、それは確かにそこにあったのだ。
 草太の頭が波に見え隠れする。目の中が、青に支配されていった。



 病院のベッドに横たわる祖父。
 大きく開けた口は入れ歯も外され、残った奥歯がよく見えた。呼吸は規則正しいが、それでも苦しいからそうしているのか、私にはよくわからない。祖父の目は半分開いていた。私は祖父の顔を覗き込んで、「おじいちゃん」と呼んでみた。
 ≪すーっ、はーっ、すーっ、はーっ、≫
 返事はなかった。
 祖父の目に私が映っているのかもわからなかった。祖父の瞳は動かなかった。
 祖父のすぐ近くにある死。
 病室に満ちた死の気配は、白々と明るく、清潔な匂いがして、そして、他に何もなかった。私はベッドに脇に立ち、言葉もなく、ただ祖父の顔を見ていた。

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