【小説】限りなく続く音 14
- カテゴリ:自作小説
- 2025/08/20 12:59:36
駅までの最後のカーブを曲がると、遠くにお寺の看板が見えた。祖父の眠る場所の名前を記した、大きな筆文字だ。どこにもいない祖父がいるとしたら、あそこだった。
祖父は草太の前に、その筆文字の迫力そのままに『居る』のだ。死という、もっとも動かし難い存在感をもって。
「人はいつか必ず別れるものだって、小さい時から感じてきた。それなら、家族や友達がいても、人はひとりきりなんだ。ひとりから始まって、ひとりで終わる」
草太のかすれた声が、夜の静寂に吸い込まれていった。私は訊ねた。
「始まりと終わりの間には、何があるの?」
「間?」
「そこでは、ひとりきりじゃないんでしょう?私にはおじいちゃんがいてくれたもの」
今はいないけれど、という言葉を呑み込んだ。草太は「うん」と頷きながら振り向いて、微笑んだ。
「今はちなつもいるし。ちなつといると、いろんなことが怖くなくなってく。今もいちばん言って欲しかったことを言ってくれた」
と目を駅舎に向けて、「来て良かった。本当は俺、びびってたんだあ」と笑った。
「どうして?」
「こっちじゃ俺の方が『居なかった人』じゃん」
「あ、」
その言葉に、私は昨日の朝の喧嘩を思い出して、(ひどいことを言った)と思った。
「草太、…ごめんね。昨日、おじいちゃんは草太のこと知らないなんて言って」
「何で?本当のことじゃん」
駅前の三叉路を海の方へと曲がる。父の言ったことを思い出した。
『草太は素直ないい子だな』
私の言葉に草太はあの時、傷ついた顔をしていた。それを本当のことと受けとめる素直さ、強さ。
草太といると恐怖が薄れていくのは、草太に嘘がないからだ。
草太の中には、真実が汚されることなく、ありのままにある。
だから私は安心していられるのだ。
「…私、ひとりでいれば楽なんだと思ってた。おじいちゃんが死ぬまで、そばにいてくれてたことに気がつかなかった。一緒に暮らしてて、それが当たり前だったんだもの」
(だけど、草太にはそうじゃなかったんだ)
俯くとサンダルの爪先が歪んで見えた。私は足元に涙をぽとぽとと落としながら、「ごめん、ごめん」と謝り続けた。
草太にだったかもしれないし、祖父にだったかもしれない。
「いいよ、謝らなくても。枕でぶたれたのは痛かったけどさ。俺もぶったし。放ったらかしなんて言って、ちなつのせいじゃないのに八つ当たりだよな。ごめんな」
坂道を下るにつれ、海が家並みの向こうに沈んで見えなくなってゆく。
「…私たち、みんな、ひとりぼっちなんだね」
「うん。ひとりぼっちだよ」
私は草太の手をきゅっと握った。草太がその手をちらりと見て、顔を上げた。
「俺たち、いとこなんだから、ずっと一緒だよ」
「ずっと?」
「血がつながってるもん」
「うん」
そして、手がつながっていた。