Nicotto Town



【小説】限りなく続く音 12


 玄関から外に出れば両親に気づかれてしまう。私の部屋の窓をそっと開けて、裸足で庭に下りた。幸い、私たちのビーチサンダルはタチアオイの足下に洗って干してあった。サンダルをつかんで裸足のまま、夜露に湿った土を踏んで、裏木戸へとまわった。音を立てないよう、ゆっくりと戸を閉めると、私たちは一目散に駆け出した。ペタペタペタ…という足音がやけに響くようで、(見つかりませんように)と祈りながら全速力で走った。
 結局、私たちは息が上がって走れなくなるまで裸足のままでいた。駅への坂道の手前で立ち止まり、電信柱に寄り掛かって一休みをしてサンダルを履いた。駅まで長い急勾配が続く。私たちはどちらからともなく、手をつないでいた。言わなくても、怖いのが互いにわかっていたのだ。
 駅前まで来ると、草太は「思ってたより遠いね」と言った。私は「あの時は車で来てたから近く感じたんだよ」と答えた。駅前の角には、寺の名とそこまでの距離を記した大きな看板が立っていた。歩けば一時間近くかかるだろう。そう言うと、草太は「じゃあ、ちょうど丑三つ時に着くわけだ」と言って笑った。
 寺までの道は舗装されたとはいえ、山道であることにはかわりなかった。ずっと上り坂だ。右に左にと大きくカーブし、曲がるたびに町が遠く広がりを見せていった。
(小さな町だ)
 海と山とに囲まれて、これ以上ひらけようもない町が、夜の闇に沈んでいる。
 ここがもう、墓場なのかもしれない、そんな気がしてきた。
「うわあ、すげえ、見ろよちなつ」
 何を見ているのかと振り返ると、空を見上げていた。「ほら」と指さし、伸ばした腕をゆっくりと動かした。
「天の川」
 草太は天の川を指でたどって、海の方へと腕を下ろした。
「俺、初めて見たよ」
 星々は町で見るよりも大きく見えた。町では見えなかった小さな星も見える。星は空を埋め尽くすほど輝き、その分だけ空は黒々とした闇であることがわかった。
 草太は再び伸ばした手を頭上にかざした。
「宇宙に触ってるみてえ」
 私は「うん」と答えて、草太の真似をして手を伸ばした。宇宙にぽつんと浮かぶ惑星で、生まれ、死んでゆく。間違いなく、ここは墓場だった。
 やがて私たちは寺にたどり着いた。山門の前を通り過ぎて、墓地の塀伝いに歩いた。さして高くもないブロック塀に囲まれた墓地に容易く忍び込む。墓場の中の墓場だ。
 私たちは息を殺して、墓石の立ち並ぶ間をゆっくりと歩いた。祖父の墓の位置はわかっていたが、暗くて一度間違えた。私が「ここ」と小声で言うと、草太が時刻を確かめた。そして二人で手を合わせてから、墓の前にしゃがみ込んだ。
「出るかな」
「わかんねえ」
「本当に出たらどうしよう…」
「バカ、何しにここまで来たんだよ」
 私たちは頭を低くして身を寄せ合った。つないだ手に力がこもった。考えてみれば、祖父ではない幽霊がいくらでも出てきそうではないか。しかし、それを口にするのは怖かった。本当になりそうだったからだ。
 顔を上げれば、私たちを取り囲む墓石が、満天の星空を支える柱のように立っていた。私は草太とふたりきり、宇宙にぽんと放り出されたように感じて心細くなった。「おじいちゃん」と呟きをもらして、私は泣いた。
「おじいちゃん」
 草太も墓に呼びかけると、声を殺して泣き出した。
 私たちは、こんな所で、一体何をしているのだろう。
 こんな宇宙にふたりきりで。

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