Nicotto Town



仮想劇場『セミと僕と夕立』

 
大きな雷鳴がお宮の楠木を揺らし、ひと際強く吹いた雨風は多くの葉をざわつかせる。ほどなくして夕立になった。

「ほら、やっぱり降ってきたわ」
 勝ち誇った顔でフジコが首の骨をコキコキと鳴らして見せる。
 どうせすぐ止むだろうと僕は答えて境内の軒の垂木の数を数えてごまかした。
 淡々と昔話をするフジコの唇の動きが印象的だった。”オンナ”というよりひとりの語り部としてそれは雨音の中にあって際立って映えていた。


 フジコが言うにはそれは僕らが小学五年生の夏休みの事だったという。このお宮の狛犬様の前でシゲちゃんはこの僕に徹底的に暴力を振るった。たまさか通りかかったフジコの父親に取り押さえられてそれで大事にはならなかったらしいが、地主だった佐藤家の頭はもう我慢ならないという理由でシゲちゃんをどこか遠くの施設へ送ったそうだ。

「本当は覚えてるんでしょう?」
 いまもどこか遠いおとぎ話を聴いているような顔の僕にフジコが念を押した。
「僕が殴られたの? シゲちゃんに?」
 素直にそう返して僕はまた大きく首をかしげて見せたわけだが、一つだけ腑に落ちないことがあった。それはどう思い出そうとしても小五の夏休みの記憶がそもそもとしてない。夏休み前後の事はなんとなく思い出させるわけだがその部分だけがすっぽりと抜け落ちている感覚だった。

「うーん・・、そんなことがあったんなら覚えていると思うけどなぁ」
 半信半疑でいまも僕の顔を覗き込むフジコにそう答えて眉間に皺を寄せる。

「あ、そういえば後で聞いた話だけど ー、」とフジコ。
「あの時シゲちゃんはずっとラジオを捕られたって騒いでたらしいわ」
 続けて彼女がそう言葉にした瞬間、大きな稲光が南北にむかって奔った。フジコは肩を窄めて雷鳴に備える。ほどなくして地面を揺らすほどの音が鳴る。
キャァッ・・・・!
 柄にもなく叫び声をあげたフジコが僕の腕にしがみつく。
 
 しかし僕はその時、違う理由でちゃんと青ざめていた。


 つづく・・・あと二回くらいかな

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