Nicotto Town



【小説】限りなく続く音 6


 翌朝、寝坊したのは草太の方だった。顔を洗って居間へ行くと、母が台所から「草太君を起こしてきて」と言った。私は廊下を引き返して家の端から端までぐるりと廻った。障子のガラスの向こうに、草太が布団から片脚を斜めに出して、大の字で寝ているのが見えた。私は障子を開けずに、腰を落としてガラス越しに「草太、草太」と大声で呼んだ。
 目を覚ました草太は、顔だけこちらを向いて私の姿を認めると、むっとした表情で再び目を閉じた。私もむっとして、昨日草太がしたように乱暴に障子を開けて「起きなさいよっ」と怒鳴った。
「だってゆうべ眠れなかったんだもん」
「何で?」
「……」
 草太が黙り込んだので、私は「暑かったの?」と訊きながら草太の枕元に正座した。草太は目をこすっていた両手を止めて、目を隠したまま静かに口を開いた。
「…おじいちゃんの幽霊が出るかと思ってさあ」
「え?」
 軽く握った拳を除けて私を見上げる草太の目には、眠いのか怖いのか、いつものような覇気がなかった。
「だっておじいちゃん、俺のこと嫌いかもしれない」
「何でよ、会ったこともないのに」
と私が言うと、草太はがばっと起き上がって叫んだ。
「会ってくれなかったんじゃないか!」
 草太がいきなり怒りだしたので私はびっくりした。(何で私が怒られるの)とカッとなって枕をつかむと、それで草太を殴りつけた。
「じゃあ何でおじいちゃんが病気になった時に来なかったのよ!」
「しょーがねーだろ知らなかったんだから!」
 草太も枕を奪い取って私を殴り返した。膝に落ちた枕でまた草太を殴った。
「おじいちゃんだってあんたなんて知らないわよ!」
「そっちが俺たちのこと放ったらかしにしてたんじゃないか!」
 枕で殴り合いながらの罵り合いが続いた。これ以上殴られてはたまらないと二人で枕の端をつかんで睨み合った。
「何よ草太なんて、おじいちゃんのこと何にも知らないくせに!おじいちゃんは幽霊になったりしないもん、怖かったけど本当は優しかったんだから!あんたなんてきらい、もう一緒に泳ぎに行ってやらない!」
 ふいに草太の手の力が緩んだ。私は枕を振り上げて草太の脳天に叩きつけ、客間を飛び出した。
 母と草太と三人、黙々と食卓を囲む。味噌汁が冷めていた。納豆をかき混ぜる手に、知らず力がこもる。あっという間に食べ終えた草太が「ごちそうさまでした」と自分の食器をまとめて、流しに運んだ。
「伯母さん、俺泳いできます」
「まだ千夏が食べてるわよ」
「ちなつは行きたくないって」
と言いながら居間を横切って行った。その背を見送った母が私を振り返って「喧嘩でもしたの」と呆れ顔で言った。
「一人で泳ぐなんてだめよ、食べたら千夏もすぐに行きなさい」
 ほら、と母は手のひらを向けて私を追い立てた。

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