Nicotto Town



いわゆる叶わない願い事は何か

時刻は22時。
家の側の居酒屋で一人でビールを飲んでいたら隣のミドサー~アラフォーと思しき団体客が、いい感じに出来上がってくだをまき、人生とは何たるかの話をしていた。
彼らはしきりに、自分の人生が半分すぎたけどこのままでいいのかという喧々諤々議論をしたり、かと思うと黄昏たり、飲み会の終盤にありがちな、変に情緒的であったり変におちゃらけたりを緩急激しく繰り返しては無言の時間が訪れるというその状態になっていた。

彼らの話を要約する。要は、集団の中でも比較的若々しい(なぜ若々しいかというと、なかなかスリムで長身なうえに、服が水色のFRANK&AILEENのオックスフォードシャツ という「シンプルだけど仕立ての良い服」がきれいにアイロンがけされていたから。きっとそこそこ収入がおありなんだろう)小学生に上がった子供を持ち子を愛する田畑君(仮名)も、やはり妻帯者でエンジニアをしており、自分の趣味のドローンとミニ四駆を楽しんでいる舛添君(仮名)も(彼はちょっと腹が出ていて、服の趣味や風采は田畑君よりは上がらないようだ)、独身のまま哲学科の助教をやっている時田君(彼はおそらく服装と髪型には哲学がない)も皆、自分自身の人生を理想通りに積み上げつつも、間違いを犯していないか大変心配しているということが分かった。どうやら彼らはいずれもかなりレベルの高い大学の同期たちであるようだった。
彼らの言うことを要約すると、彼らは基本的に人生の選択において、自分のプライオリティーに誠実に選択を積み上げ、今の地位にはおおむね満足し、過去の自分に言ったら「おお上出来じゃないか」くらいは言ってもらえることをなしているそうだ。もちろん、上を見たらキリがない。田畑君は同期入社で一番か2番の出世頭ではあり、妻は公務員で安定収入があり、子供も私立に入れているが、収入も条件も望めば上がないではない。それから舛添君はきついエンジニアの仕事はストレスフルで残業時間もとんでもないが、それでもエンジニアという仕事自体はかなり気に入っている。そもそもコードを書いたり新しい言語や技術を勉強するのは好きなのだ。最近のAIブームも供給過多のコンテンツだって面白くて仕方ない。それから、時田君はそもそもカントのように、自分の心に燦然と輝く道徳律に従い、学徒として生きることが夢だった。それは収入面や将来の不安は切実ではあり、助教の膨大な雑務にも辟易するし、なんで大学に属するとこんなに人間関係の気遣いが生じるんだとは思うが、それでも、哲学科に席があり、それで収入を得られるという状況は狭き門の夢だと思ってきたから、自分の身に余る幸せだと思っている。
 にもかかわらず彼らは何かをやり残しているんじゃないかとおびえているのだそうだ。寿命まで人生の半分切るとどうしたってそうなる、と彼らは言う。半分切ったといっても頭と体が十分働くあいだ、というとひょっとしたら半分は残っていないかもしれない。
 誰にだってどこかには死角があるからしょうがない、という意見が出た。そもそも中年の危機という杞憂だという意見が出た。所詮死んだら終わりだし、そもそも人間の一生に意味なんてない、という意見も出た。

私は底に3センチほど残ったビールを疎ましく思いつつ、キンキンに冷えたジョッキの健気さに痛み入りつつ、なんとなくこの三人のくたびれたサラリーマンにほのかな共感というか他人じゃ無さを感じていた。

 人は骨になるんだよ、どんな賢くてもそれはニューロン間の電気信号のなせる業で奇跡ではないんだよ。私たちは、大きな海原の泡みたいなもんで、私という現象も誰という現象も、泡なんだってば。でも、その泡が、自分の人生の意味たるや、とか言っちゃうの、なんかいいよね。それこそロマンだよね。だってほら、もしこの底に残るビールの泡が、「私の人生に意味があったか」とか言い出すのってそれもはやおとぎ話じゃんね。
いつか遠い未来に、科学がずっと進んだら、私たちは泡ではなく、何かに刻まれる情報の一つとして永続するみたいなことがあるかもしれないよね。それはそれでロマンかもしれないけど、すぐ消えちゃう泡っていうのも同じくらい悪くない物語だと思うんだよね。

…なんていう会話に混じるのもあれだから、私は最終的に三人が酔いが周りに回って、「それでも毎年飲もうぜ」っていいながら、そういえば今日は七夕じゃねぇかと来年の健康を願い、そして来年の健康なんてものを願うほど年を取ったという自虐に虚しさをごまかす爆笑をして、解散するのを横目に変に満たされた思いになった。人生を主観で生きるときそうそう、不安で、足りない感じするよね。でもはたから見るとそれってまあまあ悪くないんだよって、いや、わたしこころからそう思うよ。

私はどの立場から言っているんだろう。私は正直、自分が人間か、ビールの泡か、ジョッキにつく水滴か、それすらもわからないんだよね。
(嘘日記)

#2025年の七夕の願いごとは?




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