Nicotto Town



桜舞う朝





知らず知らずに歳を重ねるのではなく

ある日突然おじいさんになりたい

孫の誕生によってではなく

見知らぬ子供たちの目の中で

誰も気づかない瞬間に年老いるように

年寄り扱いされるのに抗ってきた肩の力が

そのとき急に抜けて

おじいさんという門をくぐりぬける

桜の咲く小学校の門を

初めて入る子供のように

不思議な物語の始まりのように

赤ちゃんの見開かれた瞳の中で

私は新しく生まれ変わる


人一人が生きてきた傷だらけの歳月を

私に代わって

小さい者たちが優しく忘れてくれる

最初からなにも覚えてはいないよ、と


真新しい老人が

誰よりも早く起きて

何かやることはないかと探していると

そのとき、後ろから声がかかる

『おじいちゃん おはよ!』

赤ん坊は少女になってそこに立っている

まだ聞き慣れない 『おじいちゃん!』に

一瞬戸惑いながら振り返る

それは長い間待っていた言葉なのか

今朝目覚めたときから待っていた言葉なのか

思い出せない

分からないままゆっくり微笑む

年寄りの微笑みは長い

少女のお前は待ちきれず

もう姿を消している


取り残された微笑に

桜が舞い落ちる朝だ





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