またゲーマーがキレて殺害。
- カテゴリ:日記
- 2025/04/02 16:12:06
昔からゲームしてる人がキレて人を殺しているニュースが頻繁にとりあげられている。愛知一宮で、まだ二十歳前後の若いゲーマーが、人を殺したというニュースがありました。世の中は、メディアは、ゲーマーを目の敵にしているのか…。またしてもゲーマーがキレて包丁で女を刺したというニュースが。ゲーマーっていうのは、普通のゲーマーっていうのは、だいたいにおいてすみっこで地味に活動している穏やかな人が多いのに、一部のキレて包丁で刺し殺した人のために、「どうやらゲーマーっていうのはいきなりキレてナイフでこちらを刺す生き物だぞ…」という、迷惑千万な風評被害が、テレビによってつくられています。
本当にゲームが好きなゲーマーは、そういうゲーマーはキレたら人を殺しかねない恐ろしいやつみたいなレッテルを張られかねなくて、すごく悲しい事件でした。当たり前ですが、ゲーマーの全員が、キレたからって女とかまわず刺し殺す人ではありません。たった一人のゲーマーの例をあげて、ゲーマーのゲーム脳はやばい。キレたらこちらが死ぬまで怒りが収まらない。みたいな悪意のある悪いイメージづくりをしているようで、ただひたすら平和にゲームしたいなと思っている人にとって、すごく悲しい事件でした。ゲーム好きだからって、全員が「こいつやったろか」といってキレた勢いで刺し殺しません。でも、なぜ若い人がそこまでの喧嘩に発展してしまうのか、不思議でなりません。強い殺意があったというけれども、なぜそんな殺意が沸きおこるのか、よっぽどイラっとくる言葉でも言われたのか?とか、浅慮な邪推をしてしまう、卑しい私でした。
言葉狩りの時代で地位を持つという事。
フジテレビが人権意識の徹底をすると名言していた。人類の時代を垂範しているといって過言ではない職業であるテレビ局。そんなテレビ局が堂々と高らかに人権という形も色も定かではない人権というものを大切にするというのは、かなり難しい挑戦だと私は思います。
管理職の人権を守りながら
人権を守ろうとした時、管理職の人権というのも守られねばならないと思います。もちろん、ハラスメントの被害にあっている弱者を守る、それが第一であることは当然、人権の観点でいけばそうなるのですが、そうした時、じゃあ管理職という立場にいる人間の人権はどうなるのだろう?と謎でした。働く人をハラスメントから守るのは絶対なのですが、そういう人を守ろうとしている人のほうこそ、上からも下からもハラスメントだと揶揄されるようになるとしたら、管理職の人間の人間らしさというもの、どうしようもない人間くささというものが、人権侵害だという絶対正義で、管理職大量失職の材料の捻出になりかねないのが、人権の尊重という考え方じゃないかと思います。なんだったら、人権を守る時に人びとの上に立つのは、人間じゃなくてAIのほうが、人間よりもミスがなくて平等に考えるから、人権を考えた時、人類はAIの活用をした人が一番人権の幸せが得られるんじゃないかな?と思います。そういうのじゃなく、あくまで人間が人間を管理する、人間が人間を下働きさせるという構造がある以上、人権という意識に焦点を当てるというのは、人類の歴史を鑑みても、なかなかの哲学の最先端といういか、かなり進歩的な概念をとりいれ啓蒙しようとしている。というのが、フジテレビの今の崇高な意思表明に思えてならない。と私はテレビを見て思いました。誤解を恐れずに言えば、非常に矛盾をはらんでいる人間の深層意識にテコ入れしようとしている…とでもいうのうか。誰もまだやろうとしていない人類という大きな枠組みで言えるような、そんな大きな目標が、フジテレビにはあるんだな~というのを感じて、そのあまりにも困難で広大で長大な道を指し示す、フジテレビにはやっぱり仕事として凄く大きいもの、歴史の牽引さえも視野にいれた大きな高みを感じます。そして、そんな時代の変革期に、管理職である人たちの双肩にのしかかる「昔はこうだったのに」という意識と、早すぎる変革のスピードと量に、やっぱり絶対に、人権とか言いだすときには、ハラスメントから弱い人を守るのと同時に、それ以上に、そんな人達を管理する管理職の人たちの心の健全さを守る意識は絶対に必要ではないかと私は危うさを感じました。