おばあちゃんのスナックの面白さに目覚めた私。
- カテゴリ:日記
- 2025/03/30 19:50:46
まったくそんなつもりはなかったんですけど、この前、偶然入った飲食店が、スナックみたいな店だった。そんな感じの店じゃない店構えだったので、お店の人も「みんな最初のひとは思ってたのと違うって言うよ」って言ってた。思った以上にスナックだった。
おばあちゃんの接客は面白い。
ずっと、水商売って若い人だけのものかと思っていた。というかそういう店に女性が入る事ないと思ってた。でもま、時々生きてるとたまに入ることになる、水商売なお店。若い女の子がいる店に、男性が行くものだと思ってた。でも、おばあちゃんのママがいるお店は、そういう感じとはまた違って、とってもフレンドリーだった。凄い。年季が違う。そういう店の面白さに触れるのは、とっても素晴らしいことだと思った。心の底から。奥深いな~と思った。水商売って、若い人だけのもんだと思ってたけど、おばあちゃんになっても好かれる人は好かれているのだろう。
あけすけで裏の無いような、おばあちゃん。
歳をとっている人だけにゆるされる豪快さ。みたいなのが、おばあちゃんの店にはあった。普通若い人に欠けた常識はなく、酸いも甘いもかみ分けた…そんな大物感を出す、年季の入ったおばあちゃんのお店。そんなスナックでは、普通だったら私らなんて何にも話してもらえないような大物おばあちゃんが、気さくに話してくれて、なんだか人生勉強だった。人生勉強。おばあちゃんのいるスナック、何がどうものすごく勉強になると、具体的にどういえばいいのか、私にはまだ語彙がみつからない。でも、なんていうか、すごく勉強になる~…と骨身に染みた。
おじいちゃんとは対立する。
まだ令和代のおばあちゃんは、男とか女とかをはっきりさせたい世代。令和時代となった今では、同性婚を最高裁で判じる時代。そんな時代の私たちは、おばああちゃんを見ると、昭和とかそういう時代は、どれだけ強くなければ女性が生きていけなかったのか、なんだかその片鱗を感じる時がある。おじいちゃんには辛口な時とか、特に。
水商売をするおばあちゃんにとって、おじいちゃんというのはどういうものだったのか。なんだか愛憎悲喜こもごも。一口で説明できない長い歴史を感じるような、そんな怨念がましいとは言わないが、譲れない決意のようなものが、おばあちゃんママには言葉のはしばしに見てとれた。世間の荒波を泳ぎ切るのは弱いだけではいけないのかなというような。そんな強さみたいなものを、おばあちゃんのスナックで唇に酒を浸しながらお話を聞いて、色々と人生というものの重厚さや苦労や。そんな事をしみじみと味わえるのだった。そういうのは、なんだかとても素敵であった。色々苦労している人だからなのか、年齢が自分の倍ある人に、いっつも私はすごく惹かれるんですよね~。
お酒が飲めるうちに飲む。
お酒も、病気になったら何も飲めない。楽しい事も、死んだらなんにもできない。生きてるうちに、美味しいものを食べて何がいけないのだろうか。人生は自分にご褒美を急いでもいいのではないだろうか。どんな人だって、大変な事を抱えている人生ばかりだと思うし、希望はいっぱいあって楽しむ人生で、何が悪いのだろうか。自分が楽しくなるのを全力でやらないと、人生はすぐ終わると、なんだか思ってしまった。弱気になっている時、おばあちゃんがいるスナックというのは、そんな自分の背中を押してくれるすがすがしさがあるのだな、と面白さを発見したのだった。面白かった。そんな勉強するとは、ちっとも思わなかった夜だった。