Nicotto Town


かきくけこのブログ。


ハリーポッターの精神が安定している理由

ハリポタが好きで好きで、ハリポタをいまだに見ていたら、夫に


「お前…ほんと、飽きないな…」

って言われた。よっぽど暇があればハリポタを見ている人だと、私の夫は思ったのだろう。ハリーポッターについては本当に色々あんだけ長い小説なんだし、凄く読み込めるし忘れるから、もう一回見返したくなるんだ。

ハリーポッターは精神が安定しすぎている。

 ハリーポッターは、酷い虐待を受けて育った魔法使いで、普通の魔法使いはそういう過酷な人生を送ると、闇の魔法使いになったりするそうだ。海外の読者からは「あんなひどい虐待を受けていたのに、なぜあんなに精神が安定しているのか」と不思議がる読者もいたそうだ。そんな読書感想文に触れて、私も「確かにそうかもしれない」と、そこまで考えなかった自分に驚いた。物語を支えているハリーポッターの特性は、物凄く興味深い特徴があったんだなと改めて考えた。

なぜハリーは破壊性破滅性のある闇魔法使いにならないのか
 私はこれは本当に皮肉というか、物凄い危うい考えだと誤解をされそうなんだけど、ハリーが虐待を受け成長したのに破壊的な人間にならなかった理由っていうのが、私個人の考えとしては、ハリーは虐待を受けていたけれど、魔法使いから虐待を受けていなかったというのが大きい理由の一つなんじゃないかな、と思う。いやでも説明になってないか。トムリドルもほぼ同じようなのに、悪の大権化魔法使いみたいになってたし。なぜハリーはトムリドルと対比的な存在なのか。これは本当に謎というか、不思議な話です。ハリポタファンの私としては、なぜなんだろうと考えた時、ハリーとトムリドルの違いを考えるのはやっぱり大きな読み手の喜びだと思う。そういうのを考えられる余地がいっぱいあるのが読書のいいところ。そして、なぜあんなにハリーは精神が安定しているのか。トムリドルの様にはならなかったのか。これはだれにとっても考えて損の無い関心事であると思う。

魔法使いから受ける影響、マグルから受ける影響。
 ハリーって、虐待を受けるけど、虐待を受けていたのはマグルの、マクゴナガル先生に言わせれば「人間の中でも最低の」種類のマグルだった。そういうマグルのする虐待っていうのは、やっぱり最低なものであれど、どっかかわいらしい子供のする子供じみた虐待だったんじゃないかな、と思うんですよね。魔法使いからしてみれば。魔法使いという大自然の法則さえゆるがす壮大なエネルギーをどうにかできる魔法使いと、マグルという種族にはやっぱり大きな壁があると思う。そんな壁というのが、ハリーにも無意識に感じられていたのではないか。ハリーの寂しさであり、そして防護壁でもあった。そんな種族の壁があった。だからハリーは、マグルから虐待を受けても、どこかそれは、致命的なものにはなりえなかったんじゃないだろうか。という感じがします。そう感じる理由の一つとして、映画や本の中でもよく描写されているけれど、ハリーとマグルのダーズリー家の描かれ方は、とても冴え冴えと対極的に描かれているからです。ハリーはダーズリー家の悪行に怒ったりします。でも、どっかいつも覚めている。ハリーはいつも、どっか余裕がある。ダドリー家がいつもどうにかハリーの根性を完膚なきまでに破壊しようと口角唾を飛ばし必死の形相なのに、ハリーはそれに比べたら割とクールです。冷静です。あの冷静さは一体、なんでしょうか。第一作の蛇のガラスがなくなったように、ハリーには、いつもハリーが意図しないうちに魔法が発動していたからじゃないでしょうか。それこそが、魔法使いであるという事なのではないでしょうか。本人が意図してなくても、魔法が常にハリーの人生に影響を及ぼしていた。そしてそれこそが、魔法使いが魔法使いたるゆえんで、魔法使いのハリーがダドリー家に対して冷静でいる理由なのではないか、と私は思います。本人がそう望んでいたからとかじゃない、というところが、なんとも皮肉です。でもまぁ、人生って誰しも自分が望んでないのにそういう境遇に生まれついた、という事がいえるのでしょう。ハリーの場合は、ハリーが望んでいないのにハリーは魔法使いだったという事だったのでしょう。

トムリドルはマグルの親だからグレた。
 でも、私の考えでいったら、トムリドルだってハリーと同じくマグルの親がいて、なのにグれた。なんでトムはグレて、ハリーは大丈夫だったのか。不思議ですよね。紙一重で。本当はハリーもグレててもおかしくない魔法使いだったんでしょうね。不思議ですよ。もう一個進めて考えると、ハリーとトムの違いは、望んでいるものの量が違ったんじゃないかなと思う。トムは名声とかリーダー的地位とか、手に入れたい夢が多かった。でもハリーは、ダーズリー家に育って、夢を見るという能力があまり育たなかったんじゃないかなと思う。もしハリーが自分の地位や名声を強く欲していたら、自分の価値をもっと高くしたいと思っていたら、トムリドルみたいになったんじゃないかなと思うけど、ハリーは第一作目の車両で乗り合わせたウィーズリーに迷いなく自分のお金をすぐ渡すくらいに、無欲。無欲という能力?というか、才能というか、普通の人の何倍も「自分はこうありたい、その為には財産や地位や名誉が必要だ」というような、保身に追従するという傾向が皆無に見える。そんなハリーだから、トムと大きく違う道を歩んでいるんじゃないかなと思う。そして皮肉な事に、ハリーがあんなに自己保身しない性格は、虐待で自我の形成が人より遅れているからという可能性があり、認めたくないけど、虐待されてたから、ハリーはあんなにも正義のヒーローみたいな、精神の安定した聖人みたいなキャラになったんだろう…と思うと、皮肉すぎて悲しすぎて辛すぎてどんだけ辛いのに、さらにまた辛い運命を肯定しないといけないという悲しすぎる輪廻…のようなものをしみじみ痛感させられるのが、ハリーポッターの奥深さである。と、私は、ハリーの精神の安定している理由を考えて、またさらにハリーの物語に深く没頭していたりするのだった。にしても、虐待されたから闇落ちする、という事も真実で、虐待されたから、精神が安定している、と思われるというのも、真実だとしたら、本当に人間の心のおきどころっていうもの、そしてそんな心がどうのなんのと、意識的、無意識的に自己像を要して生きる人間という生命体に、興味は尽きません。




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