Nicotto Town


かきくけこのブログ。


絶対連絡とりたくない私vs連絡とりたいひと。

子供の時は、携帯持たないから、手紙をやりとりするのが遊びで、楽しい事の一つでしょう。でももう、現代も令和時代になっていますから、そんな時代に大人が手紙のやりとり、というのは、子供の手紙のやりとりとは、全然意味がまったく違ってきます。

絶対連絡とりたくない人には、携帯の連絡先教えないじゃないですか。普通それで気づくじゃないですか。でも、連絡先教えてもらえないなら…それじゃあ!と、ヤバい人間は、通信業者を飛び越えて、パソコンで書いた手紙を手渡す。

刑務所の囚人とは手紙でしか連絡とれない。
 現代人に直筆の手紙というと、なんだかいいじゃない。心がこもっているようでいいじゃない。という。メールでちゃっちゃと済む時代に、便箋やらの綺麗な装飾が、風情があっていいじゃない。という。でも、そういう直筆の手紙をありがたがる人が多いなか、刑務所の囚人は携帯パソコンを持てないから、手紙が主な連絡ツールになる。手紙という通信手段は、囚人がそれしか使えないから使う手段なのだ。私も直筆の手紙って温かみがあるわと思うけど、囚人出身の人とかはどう考えているのだろうか。そもそも、大人になって、短編小説か?っていう長さの長文の手紙を出すというのは、おかしな人だと思う。大人は普通、ショートメールで済むと思う。長い話は仲がいいなら電話すればいいし。直筆の手紙では書くのがめんどくさい位の長い、パソコンで書かないといけないくらい長文の手紙というのは、普通の知能のある大人は書かないのではないかと思う。パソコンで手紙書いて手渡しで渡すやつに、今まで「いいなぁこの人」って思ったこと一回もない。なんだったら犯罪の匂しかしない(笑)



どうしても連絡とりたくないから連絡先教えないのに
 若い時も、絶対そういう夜の業者だというような人の、心無い「連絡先教えてよ」という言葉に、傷つきながらも向こうはこっちを数ウチャ当たるカモみたいな目で見るのに、そんな人にも一応人として礼儀ある言い訳を添えて断るわけですけども、そういう人に礼儀を尽くすと、簡単に引き下がらない。そういう人がじゃあ、と次の手段でとるのは、「自分の連絡先をかいた紙をわたす」というものである。ひとことも…一言も、私は連絡先教えてくださいとか言ってないのに、「これが自分の連絡先です」と、強引に無理に紙に書いた連絡先をわたす。仲がよい人同士なら、ワン切りで済むような連絡先の交換のやりとりが、異常な関係、異常な人種の場合「連絡先を紙に書いて渡す」。 もし、パソコンで打ち出した手紙を通信業者を介さず受け取ったら、私の短い人生の中での経験から、私はこういう。「それ絶対ヤバイタイプの人だと思う」と。今時携帯一つで連絡は済むのに。わざわざパソコンで手紙を書いて印刷して渡す。通信業者を使わずに。

囚人は、検閲されている。
 刑務所に入ると、手紙のやりとりはできるのですが、検閲されるらしい。囚人がそれをどう思っているのか、私には想像もつかない。自分の言いたいこと、しりたい事、それらをすべて事前に警察に検閲され、秘密のやりとりがなくなる。そういう事を経験すると、確かに、通信業者というものが信用できなくなり、現代の通信業者、郵便局、そういうものを信用できなくなり、通信業者を介さずに連絡とりたい・・と思うようになるのかもしれない。なぜか、そういう社会で信用されているはずの大きな企業すら、刑務所出身の人は疑うところがある気がする。そんな時に、心が無い私は、よっぽど知能が低いのか…だから刑務所に入るのか。と思うと、やるせないな。とただただ見てるだけです。優しい人なら、「君が社会を信用できなくなるのもわかるよ。前科者に冷たいんだよな世の中は」って同情し、なぐさめの優しい言葉を使うかもしれない。でも私には、それが言えないのだった。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.